白銀の甲冑姿をした騎士は、じっと仲間が走り去った方向を見詰めている。



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 混沌の手先の英雄は、三人が束になって掛かっても敵わない程の手練れだった。どうにか撤退できれば良かったが敵がそのような道を用意するはずがない。真っ先に戦闘経験の浅いティーダが狙われ、負傷した。利き足の傷が深い。彼の戦法は素早いヒットアンドアウェイによる撹乱だ。敵の攻撃をかわしつつ攻撃を繋げていくものだから、素早さを殺されてしまえば、形勢が一気に傾く。
 三人はあらかじめ戦法を決定していた。セシルが盾となり敵の気を引いている隙にティーダが懐に潜り込み、フリオニールが中、遠距離から援護攻撃に徹してもらっていたが、それが裏目に出たというのか。
 リーチの長い長刀を有するセフィロスに動けない状態のティーダ。どちらが有利かなど明白だった。セフィロスは連続攻撃を仕掛るものと思っていたがうずくまった彼の腹を蹴り上げたのを最後に攻撃をしない。攻撃の手を止める理由が彼にあると思えず、セシルは逡巡する。
「お前は、何故俺達と戦うんだ!」
「知りたいか?それならば、私を倒して見せろ」
 弓を構え吠えた義士には目もくれずに言い放ち、騎士に向かい長刀を振り下ろす。セシルが回避した瞬間に連撃を叩き込む。その勢いを殺しきれずに体勢を崩した騎士に追撃を仕掛け脆くなった天井めがけて吹き飛ばす。「セシルッ!」動けずにいたティーダが見上げるが、舞い上がった土埃に仲間が隠されてしまう。
 ティーダは動けない自分が情けなかった。足手まといで、止めを刺されることもなく放置されている。フリオニールに回復してもらおうにも距離が空きすぎているし、セシルはどこに飛ばされたか分からない。長い銀髪を揺らしながら、ティーダから遠ざかるセフィロスの影。途切れることの無い剣と武器のぶつかり合う音。武器をとっかえひっかえ戦うフリオニールは隙を与えていないと思った。音のする方向に障害物は何もない。
(せめて奴の注意だけでも……!)
 夢想の少年は夢の中で慣れ親しんでいたボールを手にした。威力が弱いことは百も承知だ。ティーダに出来るのは、自分より強いし経験が段違いの二人を合流させること。それしかない!
「食らいやがれッ」
 投げたボールはこんな状況でも――こんな状況だから、馬鹿力でも出たのだろうか――鋭く飛ばされた。セフィロスはひらりとかわす。長いコートと銀髪が揺れるのが敵の余裕に見えてイライラする。そんなティーダとは対照的に、フリオニールは冷静に見えた。ブリッツボールを魔法で作った盾で弾き、回避したセフィロスに向かって短剣を投げつける。続けざまに拳を付き出し、殴りかかるかと思われたが、セフィロスの長刀がすべてを防ぎ、カウンターで彼の体が壁に叩き付けられた。


「甘いな――くだらない理想にすがって、その先に何を求める?」
 くだらない、だと?
「ああ、くだらないさ。現実を直視できないから、不確実な未来に明日の希望を委ねるのだろう? 過去も現在も未来も、幸せな嘘で塗り固めておけば光しか差さないからな」
 フリオニールの体に直接何かが差し込まれたような痛みと違和感が走った。刀の感触とは違う。冷たさと血の吹き出す感覚は訪れない。ならば、かつて英雄と謳われた戦士の重圧がそう感じさせるというのか? 混乱する思考は高速で同じ場所を回り続け、答から遠ざかる。
「これがお前のいう『夢』……儚いものだ」
「……ッ!」
 口元を歪める敵の手には赤い花弁の輝きが収められていた。体に残された違和感の正体。それを一瞬で理解した義士の拳が怒りに震える。
「あれの前でお前を殺せば、あの時のようになるか、絶望のあまり思考を停止させ人形のようになるか――確かめてみたいとは思わないか?」



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「セシル、怪我、ホントになんともない?」
 ティーダが心配して何度も同じことを聞いて、セシルが「心配しなくても大丈夫だよ
」と同じことを返す。神殿内に敵の気配は感じられないが、いつ敵が乱入するとも限らない空間では、無数に傷の付けられた鎧を脱がせて傷口を消毒して、といった応急処置さえ満足に行えない。今はセシルが自身に回復魔法を掛けて傷を塞いだが、持っている魔力を最大限使用していないから、ティーダに安静を命じられている。
「ティーダは平気かい?顔色が悪いけれど」
「俺?血が足りない感じはするけど大丈夫ッス。フリオが治してくれたし」
 ここにはいない義士の名前を出した途端にティーダの機嫌が急降下する。
「あいつ、ケガしたセシルのことほっといて突っ走りやがって。戻ってきたらガツンと言ってやらねえと!」
 ティーダの怒りの理由は、口うるさく「前に出すぎるな」だとか「無理するなよ」とか、しつこく念を押してきたにも関わらず、一人で行ってしまったこと、もう一つは彼がいないせいでセシルが白魔法を使えなくなることだ。二人ともポーションを持っていないし、フリオニールの傷を見てからでないと自分は回復できない、魔力は温存するべきだと諭す理由はわかっても、イライラが募るばかりだ。
「怒るのは程々にね、こっちに戻る頃には頭冷えてるだろうから。…………ウォーリアを信じて僕たちは待とう」
 ティーダは仲間の走っていった方向を一瞥して、不機嫌と心配が混じった表情で小さく頷いた。



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 大切にしていたものを奪われて、激昂して敵を追いかけて返り討ちにされるとは、戦士として恥ずべき行為だ。あの時俺が取るべきだった最善の行動とは、セシルとティーダの傷を癒すことだ。途中でセフィロスの捜索を切り上げて二人と合流することだ。足場の少ない戦場で敵を深追いすることなく反撃の隙を窺うことだ。フリオニールの思考に、次々と後悔が波紋を作り広がっていく。波はまだ収まりそうになかった。彼らのような冷静さを持っていたなら、一歩を踏み留まる判断力を持っていたなら――
「フリオニール、無事だったか」
 深いところに沈みかけた思考は、凛とした声につられて浮上していく。深い後悔から、戦士と目線を会わせることができない。今のフリオニールには、窮地から救われ、気遣ってくれている光の戦士の優しさと真っ直ぐさが自分をより一層惨めだと思わせる。
「ウォーリア…………、済まない。あなたにまで迷惑をかけてしまった」
「君が無事だったのならそれでいい。それに、私も君に謝罪しなければならない」
 のばら――フリオニールの精神的な支柱となっているものを取り戻すことが出来なかった。光の戦士からの謝罪を受けて、フリオニールがばっと勢いよく顔を上げる。義士の顔には隠せない悲痛が滲み出ていた。
「あなたが謝る必要などない!俺が未熟だったからこのような事態を招いたんだ!俺が、仲間のことを顧みずに敵に突っ込んでいったから!」
「フリオニール、落ち着くんだ」
 ウォーリアが義士の肩を掴む。数度呼び掛けられてようやく平静を取り戻した彼はすまない、と発したきりうつむいてしまう。
「…………とにかく、セシル達の所に戻ろう」
 戻ることを促してやればゆっくりとした動作ながらも足を動かしだしたことに内心安堵する。



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 光の戦士はフリオニールを伴って戻ってきた。折の悪いことに、帰りが遅いと痺れを切らした夢想は「もしフリオが戻ってきたた怪我治してもらうッスよ!」と告げて飛び出していったばかりだった。
「二人ともお帰り。大丈夫だったかい?」
「ああ、私の傷はポーションで回復した。君はどうしたんだ?」
「俺は、セフィロスと対峙した時、たぶん力を解放して……そこで回復したと思う。ケアルを使った覚えは無いけど傷は塞がっていたんだ」
 そうか、とセシルが頷いた。闘争により世界に貯まる何かをきっかけに発現する力――セシルが自在に姿を切り替えるように、フリオニールには彼特有の能力が引き出されたのだろう。彼は嘘をついているようには見えなかったし見たところ大怪我もしていないようだったが、闘争によって生じるエネルギーにはまだ不可解な点の方が多い。……回復しておくに越したことはないか。
「フリオニール、武装を解いてくれるかい?傷が残っていないか見させてもらう」
 義士はそれに応じて、マントを取り鎧の留め具を外していった。騎士がアンダーウェアを捲って身体の隅々まで検分する。
「良かった、傷は塞がってるみたいだ。念のためケアルはしておくからじっとしてて」
 セシル、どうしてと戸惑う声が聞こえて、セシルはようやく自分の状態を思い出した。彼が戻ったら治してもらおうと思って、応急措置をして以来ほったらかしだった怪我の数々こそ治療を待っているはずだ。しかしその主張は笑って無視した。飛び出していった仲間の心配が先だ。
「フリオニール、まだ魔力は残っているよね。回復してくれるかい?」
 ティーダがそうしてと頼んでたと言うと、彼は申し出を受け入れて魔法を唱える。青白い光がセシルの全身を包み、瞬く間に癒していく。心なしか身体が軽く感じた。
「フリオニール。傷を治すだけなんだから強い魔力を使わなくても良かったのではないか」
 と側で様子を見ていたウォーリアが指摘する。魔法を直接受けたセシルも使用した魔力が過剰ではないかと考えたが、見ていただけの光の戦士に悟られるというのは、それほどおかしい、ということの証明だ。
「あー……俺、これしか使えないというか、白魔法はうまく魔力調整できないというか……」
 義士の口からいいわけじみた言葉が漏れるとすかさず騎士と戦士が言及する。
「白魔法だけ? 空中で魔法使うように魔法を一点に集中させたりできない? それかケアルガ使えないようにケアルの練習し直すのは?」
「その方法では効率が良くないだろう。常に最大の力ではなく、せめて半分ほどでも行使ができるよう鍛練を積むべきではないだろうか」
「君の魔法は僕の世界のとは違うから術の組み方も違うのかな。オニオンやティナなら魔法が得意だから、彼らに聞いてみるのもいいかもね」
 あれこれと話だした二人の間に挟まれて抜け出せないフリオニールに「三人集まって何してるッスか?」と救いの光が伸びてきた。大げさだが彼にとっては太陽のない神殿に日の光がさしこんだようなまばゆい光に思えて、彼の名前を呼ぼうとしたが、
「ティーダ、ちょうどいいところに来てくれたな。フリオニールのことで相談があるんだが」
 とリーダーが話題を振ったため太陽はすぐに傾いてしまった。本人の前であれこれ言うか普通、というのが少年の率直な感想だったが、みんな無事だし、まあいいか、と思った。ああだこうだと口を出される立場を一度くらい変わったって、誰もなにも言わないだろう。



 その夜、ティーダは好奇心からフリオニールが居なくなった理由を本人から聞き出した。
「それで、のばらを奪われて、怒ってセフィロスを追ったってワケか」
「すまん……冷静に行動すべきだった」
「それはもういいって。……でもさフリオ、もしセフィロスの目的がのばら持ってクラウドに会うことならヤバくないッスか」
 ティーダが心配するのは当然だろう。自分たちと交戦して仲間の大切なものが奪われたと突き付けられたら、誰しも動揺するのではないか。ティーダが今のクラウドと同様に単独行動をしている最中に仲間が襲撃されたと聞けば――どうするだろう。皆を信じているが、無事を確かめに戻ってしまうのではないか。そう思えたから、今一人でいるクラウドのことが心配で不安になる。
 しかしフリオニールは、強い口調でティーダの気持ちを一蹴した。
「クラウドは強い。醜態を見せた俺が言うのも何だが、クラウドはきっと俺達の無事を信じてくれるはずだ。だから、俺達もあいつを信じて前に進もう」
「そうッスね! フリオニールに励まされるなんて、俺もまだまだだなあー!」
「言わせておけば……!」
 この世界で初めて会ったはずの彼が、何年も一緒に過ごしてきた親友のように思えるのは何故だろうか。フリオニールの言葉で、ティーダの心が浮上していく。不思議だが、こんな感覚、そう味わえるものではないはずだ。
 





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