セフィロスが彼の大切なもの――のばら、とフリオニールが言うそれは、植物に詳しくないクラウドから見たら、バラとなにも変わらない花だった――を奪ったと、戦う理由が出来ただろうと嘲笑った時には、怒りで全身が震えた。あの場にいて助けることも、その場でセフィロスに斬り掛かることもできなかった己が、ひどく惨めだった。
その後悔と無念を払拭したクラウドの手には、光り輝く球体があった。それは、クラウドの世界にあるマテリアとよく似ている。ライフストリームと同じ、うす緑色。
「クラウドも、クリスタルを手に入れたのですね」
「コスモス。……そうか、これが」
クリスタル。コスモスが言う、秩序の陣営に残された希望の象徴。これが、俺の決意や、進むべき方向を導くものだと、コスモスは語った。仲間を守り抜き、世界に平和をもたらす……期限付きの決意でも、クリスタルは応えてくれた。「クリスタルが応えたのではありません。これは、あなたの意思そのものなのです」とコスモスは言っていたが。
「そうだ。あなたに聞きたいことがある」
コスモスは、くすりと微笑んだかに見えた。きっと俺の尋ねたいことを察しているのだろう。クラウドはそう思いながら、「フリオニールたちは、無事だろうか」と女神に問いかける。コスモスの表情は変わらない。
「ええ。今は、三人で行動しているようです」
「そうか……あいつらの居場所は?」
「申し訳ないけれど、正確な場所までは……。この近くにいるのは、オニオンナイト、ティナの二人だけ」
三人が無事なことと、近くに仲間がいることがわかれば、情報としては十分だ。クラウドは女神に礼を言い、ひとまず二人との合流を目指した。
■■■
魔導の力を宿す少女は、フリオニールののばらを見て、「素敵な花」と微笑んだ。
「だって、こんなにみずみずしくて、きらきらしているのよ。わたし、摘んだお花は花瓶にささないと萎れていくと思っていたけれど、フリオニールのは違うのね」
「ああ……これが、あいつの夢だからだろう」
誰もが野に咲く花を見ていられる世界――たったそれだけのことが、叶わないほど荒廃しているのは戦争に疲弊した人々か、戦火を浴びた大地か。
クラウドには想像のできない世界だった。戦争は歴史の出来事でしかないし、彼の大切にしている花と同じ見た目をしたバラは、人の手により栽培されたものが店に並んでいた。フリオニールの願うような、草原に自生するような植物が埋め尽くす風景を、クラウドは気にしたことがあっただろうか。
「……羨ましいな。戦える理由があるのって」
ティナは、手にしたのばらをクラウドに返す。
「何のために戦うのか、自分ではっきりわかっていたら、こんな風に迷うこともないのかな」
うつむいたまま、目を合わせない少女は、クラウドに力ずくで止められたことを気にしているのだろう。
「ティナも、理由を探しているのか?」
「うん。ケフカを止めることも、オニオンくんを探すことも、戦う理由になるんだと思う。……でも、それだけで本当にいいのかな」
抱え込まれた不安を打ち明けられる。どうにか励ましてやりたい。仲間とはぐれ、自分の魔力を暴走させてしまったのを、仲間に力ずくで止められたら――最後はクラウドの行動の結果だが――不安になるし、落ち込みだってするはずだ。
こんなときにクラウドの知る二つの姿を持つ騎士は、優しく慰めるだろう。彼女のわだかまりを共に背負うかもしれない。金髪の少年は持ち前の明るさで、なにか楽しく、気分の弾むような話をして気分転換をさせるとか、そういうことをすると思う。考えて、どちらも向いてない、と頭を抱えたくなった。
「ねえ、クラウドは、元々クラウドのいた世界のことを思い出せる?」
視線は地面に向けたまま、少女は呟く。
「私はね、あまり思い出せないの。……それに忘れたままでいるほうがいいのかもって、思えてきて」
「思い出すことが怖いのか?」
「うん。私の力は、ケフカに利用されていたんじゃないかとか、あの時みたいに暴走させて誰かを傷付けたんじゃないかとか、考えてしまうの」
「ティナは、そんなことはしない。ティナは今、オニオンナイトやコスモスのために頑張りたいと思っているだろう? 誰かに寄り添おうとできるなら、誰かを傷付けようなんて考えは思い浮かばないはずだ」
クラウドは彼女の考えを否定する。
「そうかな? でも……そうだといいな」
ティナはありがとう、と顔を上げてクラウドに告げた。
「まずはオニオン君を探すことと、この世界を元に戻すことから、頑張らなくちゃ」
そうだな、とクラウドは頷き、思いつきを口にした。コスモスの力が戻ったときに、この世界は、フリオニールの夢のような景色になるのではないか? コスモスの力は、きっと世界を豊かにする。ティナにそれを話すと、彼女は先程よりも明るい声で肯定する。
「それなら私たちも、フリオニールと同じ夢を見たらどうかな? 私たちの、ううん、みんなの好きな花が一面に咲いたら、きっと綺麗だわ。それに、その光景を焼き付けていれば、私のいた世界がどうなってても、頑張れそうだと思うの」
「……そうだな。俺もひとまず、フリオニールのため……、いや、フリオニールだけじゃない。ここにいる皆の助けになりたい」
■■■
瓦礫の搭。ケフカを制したティナの手元に、卵を縦に伸ばした形のクリスタルが出現したのを、オニオンナイトは誇らしげに見て、それから少女と兵士に問いかけた。
「ねえ二人とも。僕のいない間に、何かあったの?」
何か、というのは? クラウドが問えば、二人の顔が、前と違うように見えたんだ、と答える。
「オニオン君だって、私を助けてくれたときに、変わったわ」
「僕のことはいいよ! それで、本当に何もないの?」
ティナは少し考えて、「戦う理由ができたからかな」と口にした。
「本当は私の理由じゃなくて、フリオニールと同じ夢を勝手に見させて貰ってるんだけどね。私も、この世界にいろんな花が咲くのを見てみたいと思ったの。そのためには、みんなのために頑張らなくちゃって思ったから」
「そうなんだ。フリオニールの夢は……、この世界をコスモスの力で満たすってこと?」
「いや、フリオニールの夢は、のばらの咲く平和な世界を見ることだ。……それに俺たちが勝手に乗っかっている」
オニオンナイトはそうなんだ、と相槌を打った。自分はティナを守るので精一杯なのに、みんなはそれぞれ、平和な世界を夢見ている。じぶんも、守れる存在がティナだけではだめだ。みんなに頼られるように、努力しなくちゃ。
「ねえ、フリオニールののばら、見てみない?」
「見てみたいけど……その為に僕らが頑張るんじゃないの?」
ティナはいたずらを思い付いた子どものようにクスリと笑って、少年に言った。オニオンナイトは、この闘争の先で植物が芽吹く世界になる、と思ったので、ティナの言葉の真意がわからないでいる。
「ねえ、また見せてもらってもいいかな」
彼の大切な花は、クラウドが預かったままだ。ティナの声に応じて、クラウドはのばらを出現させた。手元で咲く花はみずみずしく、まるでクリスタルのように、キラキラと輝きを放っている。
「きれいだなあ。……でもこの花、僕の知ってるものならバラなんだけど? 十人も違う世界から集まってるなら、違う名前でも不思議じゃないのかな。二人の世界ではなんて花だった?」
「トゲがないが、バラじゃないんじゃないか? 俺は花のことはよく知らないが」
「フリオニールがのばらって言ったみたいだから、このお花はのばらだと思う。私の世界でも、みんなバラだって言うだろうけれど」
そうなんだ、でも他のみんなにも聞いてみてもバラって答えが大半そうだけど……とオニオンナイトは考え込む。世界によって、文字や文化が違うから、花の名前が違うことも、あるのかもしれない。
■■■
脆い内壁やガラスが飛び散った空間を抜けて、三人は水晶の大地に立った。ティナが、クラウドに助けてもらったので、今度は自分が役に立ちたいから、と提案したことを受けて、話し合うなら落ち着けるところにしないか、と場所を変えたのだ。
「僕はティナと二人で行動してたから、他のみんなの場所はわからない。まずはクラウドと一緒だった三人と合流する?」
「そうしてほしい。フリオニールに、これを渡さなければいけないから」
言いながら、クラウドはのばらを出現させる。しかし、フリオニールの花は、以前少女に見せたときとはすっかり変わっていた。朝露が陽光を浴びて輝いているようなみずみずしさが消えている。花弁も茎も、弱って萎れているような印象を受けた。
何が起こっている? フリオニールの夢の象徴……彼が戦い続けられる決意が揺るがされているというのか? いったい誰が?
遠くから、薄暗い想像をふりはらうような、明るい声がした。手にした花を、クラウドは異空間にしまった。きっとティーダは、あいつの事を心配するから。
こちらの事情に気付かなかっただろうティーダが大きく手を振り、いくつも浮いた水晶を蹴って、近付いてくる。
そうだ、ティーダ。一番に個人行動を決めたクラウドの知らないことも、彼ならば知っているはず。
「みんな、久しぶり! フリオ見てない?」
「ちょうど探してたところ!」
近付くあと少しを待たずに、声を張り上げる彼からは焦りが伝わってくる。ティーダに負けない声を出す少年も、自信の俊足であっという間に距離を詰めた。
何があったの、とオニオンナイトが冷静に問いかけたことで、ティーダのスイッチは切り替わったらしい。もといた世界での経験か、はつらつとした盛り上げ役の彼は、シリアスな場面となるとすぐに冷静になれる。
「最初は俺とクラウド、セシル、フリオで行動してたんだ。途中からはフリオと二人だったんだ、色々あってさ。セシルと合流できたから、クラウドかフリオニールを探そうってことになったんだけど、探しても見つからなくって」
「ようやく僕たちと一緒にいるクラウドを見つけたわけだ。ねえティーダ、来るまで何か変わったことはなかった?」
オニオンナイトの疑問に返されたのは、首をかしげる仕草。クリスタルの入手、イミテーション、のばらの夢……。ティーダなりに心当たりはないか考え込んでいたが、「そうだ、イミテーションの数!」
「僕が聞きたいのはそれじゃ……、え? 二人はイミテーションと戦ってたの?」
「うん、今はちょうど襲ってきてないから、みんな探すついでにこの辺の探索頼まれた。セシルは待機してくれてる」
何だよそれ、早く知りたかった! 少年騎士は頭を抱えたくなった。どおりで、こっちは落ち着いて行動できるわけだ。オニオンナイトにカオスの軍勢が襲いかかったのは、ティナがクリスタルを手にする直前までだった。クリスタルを入手している三人は、もう行軍を阻止する理由がないから邪魔をしない。まだその輝きを手にしていない仲間や、それを助ける仲間にイミテーションをぶつける方が、効率がいいのだ。僕たちは強いけれどもたった十人だし、人間だから疲れることも怪我をすることもある。そしてそれは少しずつ蓄積していくのだ。ポーションもケアルも、有限であり万能ではない。
「セシルの居場所、ばれてるの」
「たぶん……。ジタンとか俺とかのすばしっこいイミテーションがいるから、そいつらが場所覚えてたらまずい」
話を聞くなり、少年騎士は少女を見上げる。向けられたその意味を正確に汲み取って、ティナは目を閉じた。仲間の気配を探すときに、彼女は視界を閉ざすことで、より敏感に魔力の流れを感じとる。合流したばかりの少年にとっては初めて見る光景だったが、二人の真剣な眼差しを見てしまっては、何してるの、と聞けなかった。魔力を扱っているからか、ポニーテールとマントがふわふわと宙に浮き、呼応するようにティナの爪先が地面から離れた。
誰もが息を飲んで、ティナを見つめる。
「フリオニールは、ここから西、ひずみは二つ! それと、イミテーションが近付いてる!」
「わかった! それなら、高いところに向けてなにか撃って! セシルなら、きっと気付いてくれるから!」
少女は返事の代わりに、手のひらに集めたちからを空に放つ。ゆっくりと進んだ球体は、込められた魔力に耐えきれず崩壊し、光の粒子となって宙に浮かぶ。
セシルなら、という確信があるからこその狼煙だ。彼ならばきっと、弾けた魔力から周辺の空間の揺らぎを察知する。それは周囲のイミテーションも同様だ。
「二人は、フリオニールと合流しなよ。心配なんでしょ」
オニオンナイトが見据えているのは、ティナが示した方角。
「駄目だ。お前たちを置いていくなんてーー」
「クラウド。僕だって戦士だよ。クラウドから見たら、まだ子どもだろうけど……!」
決意を秘めた少年の瞳は、力強くまばゆい。そっと着地したティナも、言葉にはしないが同じ気持ちなんだろう。
「セシルと合流したら、俺たちのいる方向に後退すること。無理に数を減らそうとするな」
「クラウド!」
少年と少女の声がピタリと重なる。……一人は怒ったような声だから、ピタリ、ではないな。それでもティーダは、納得していないながらもすぐに折れてくれた。
「わかった。クラウドの指示、ちゃんと守るよ。ティーダも。僕たちのこと心配なんでしょ。早めにそっち行けるようにするから」
「二人とも行ってらっしゃい。フリオニールのこと、よろしくね」
■■■
「ティーダ。俺が離脱してから、どうだった」
「あー……。一人ずつ抜けてった。そしてその時残ってたポーションも俺が貰って親父に使った。あれクラウドのだったよな? ほんとゴメン!」
「気にするな。ケリはつけられたか?」
「それはバッチリ」
だったらいいさ。クラウドはわずかに微笑みを見せて、闇の世界の地面を蹴る。確かに彼のいうポーションは騎士から預かったものをフリオニールに渡したものだ。そのとっておきは本人に使われる機会は無かったものの、正しい人物に渡った。自分達の為すべきは、まず孤立しているだろう義士を迎えに行くことだ。
「フリオ、無茶してなきゃいいけど、な!」
愛用のブリッツボールを叩きつけ、ティーダは不安をこぼす。その声と仕草から、彼が崩れ落ちる脆い柱に当たっているのは明らかだ。大量の軍勢の他には行く手を阻むものなどないと決めつけていたから、分厚い壁のように幾つも並ぶ障害にイライラを募らせるのも無理はないが。
「ああ、もうっ! 出口出てこいよ! フリオ見っけて、のばらも取り返して、みんなと合流しに行くこっちの身にもなれってんだ!」
「……のばらなら、もう取り返してるんだ。ティナたちと合流する前に」
「マジ? ならさっさと届けてやらなきゃ、なっ!」
彼が力一杯投げたボールは、しばらく待ってみても戻ってこない。もしや、と思い近付くと、ボールはデジョントラップに巻き込まれてその場に留まっていた。
「……出口、ホントにこれなのかな」
「さあな。……だが他に探す暇もないしーー」
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