久しぶりに顔を合わせる相手が、なんの説明もなく顔の半分ほどを隠していては、驚くのも無理はないだろう。ギルバートに預けて早いもので四年が経った。その間、そう多くはないが対面の機会はあって、そのときはまだ素顔を晒していたから。
「やあ、元気にしていたかい」
 そう声をかけてようやく、ギルバートのすぐ後ろで凍り付いてしまった少女が少しだけ緊張を溶かす。
「……ラウ?」
 確認のために呼ばれた名前は、これまでで一番固い響きだった。想像でしかないが黒いレンズには、私の見ている姿がそのまま映っている。
「しばらく見ないうちに、大胆なイメチェンをするとは思わなかったよ。知らせてくれればよかったのに」
 あらかたの事情を知るギルバートがいう冗談は皮肉だとしか思えない。その言葉を聞き流し、かがんで少女と目線を合わせる。
「驚かせてしまったね」
「……うん。びっくりした。……なにかあったの?」
「実は、かなり眼が悪くなってしまってね。これをつけないと、ほとんど見えないんだ」
 ……一つ嘘をついたのを、レイはいつか感付くだろうか。


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 久しぶりに会うレイのご機嫌をとったらどうだと、良く言えば二人きりで過ごす時間を与えられた(事実は研究者仲間と電話する予定があるのでまとめて遠ざけられた)ラウは、少女に案内されて小さな庭園に設けられた東屋の椅子に座っていた。レイは紅茶を淹れてくると告げて引き返している。
 目の前に広がるのは、ギルバートお抱えの庭師の自信作と、一つ一つは小さくともプランターを埋めるほどの花をつけた白い花。こちらはレイが大事に育てているのだろう。花をじっくり見ることはないが、身内が育てているものだと思えばとたんに特別なものに思えるものだ。

 しばらくして、一人で準備をしていたレイがワゴンを押して戻ってくる。ティーポットや食器をレイから受け取り並べていると、やはり私の目のことが不安なのか、レイが尋ねる。 
「ねえラウ、本当にちゃんと見えてるの?」
「見えるさ。レイが思っているほど真っ暗じゃないからね」
 柵の向こうに見える花の色。持ってきてくれたスコーンに塗るジャムはストロベリーとマーマレード。ティーセットは白地に青の線が入って、金で縁取りされたアーシェのお気に入り。次々と言い当ててみれば、はじめは瞳を輝かせるが、そのうち雲行きが怪しくなる。……何処かで間違えただろうか。性能も視界も問題ないことは初めてこれを装着したときに入念にチェックしたが、突発の不具合でも起きたのか。
「レイ、せっかく持ってきてくれた紅茶が冷めてしまうよ。お茶にしよう」

 レイはちら、と私を見ても、すぐに表情を隠してしまう。紅茶の味を褒めても、最近の生活について聞いても、ほんの少しだけ応えてくれるが、その直後には、すぐに脇道に転がってしまう。間延びする沈黙を少しでも埋めたくて、スコーンに手が伸びた。


「済まないね」
 噛み合わないその理由は明白で。この子にお願いされてもどうしようもできない。賢いレイは、私のこともきっと理屈では解っている。
「ラウは悪くないよ。ラウが顔を隠すのだって、ラウのせいじゃないもん……」
 でもね、とレイは何かを言いかけて、口を閉ざした。どうしても話せない? と我ながらズルい言い方で詰問する。この子は命令ととれるものに対しては、いつだって従順だから。
「…………わがまま言ったらダメだから、言わない」
「そうか。でもレイに隠し事をされる方が私は嫌だな。誰にも言わないから、こっそり教えてくれないかな」
「……ギルにも、アーシェにもマシュウにも、先生にも言わない?」
「もちろん。皆には内緒にするよ」
 レイは内緒話だからね、ともう一度念押しして、私の耳元で囁く。
「あのね、ラウのこと見て、お話ししてるのに、わたしがしゃべってるのが映るから……。ラウの顔見えないの、いやだなあって」
 少し離れている間に、レイは成長していたようだ。私には似ず、きちんと自分の意志を伝えられて、他者を気遣うやさしい心を育んでいる。嫌な要求をされても、それを拒否するという選択すら思い浮かべられない子どもだと思っていたのに。
「教えてくれてありがとう、レイ」
 髪を撫でると滑らかな感触が伝わる。彼女が悲しい思いをしても、私はそれを譲れはしない。レイは私たちがが作り物であることを知らされていて、元は同じ構造をしていることを理解している。しかし、その真実と人類の産み出した業に直面するまでは、出来る限り隠し通していたいのだ。
 レイがいつか、私と同じ運命を辿ることの無いように。