インパルスとセイバーは敵陣に突っ込んでいって、ブレイズザクが的確に迫りくる敵機を落としているのに、私は何もできていない……戦局が混乱するなかで、私の中では焦りが大きくなっていった。アカデミー時代から荒削りながらもとっさの判断力や瞬発力で好成績を修めていたシンはインパルスに乗ってーーオーブ沖で連合のMAを撃墜して以降は特にーーめきめき実力を伸ばしている。ザラ隊長は戦っているのを見たのはユニウスセブン破砕作戦だけではあるけど、私たちよりも強いのはわかる。二年前から戦場にいる人なんだから、今の私では絶対に追い付けない。レイはというと、同時期にミネルバの防衛についたけれど、戦果を上げているし、冷静に敵に対処している……と思う。反対側に立つレイの様子を知る手立ては、通信しかないし、実際は苦戦しているかもしれないけれど。

 困り果てた私は、とにかく実践形式のシミュレーションを重ねて、課題を見つけ出すことにした。それ以外に思い付くアイデアもないし、じっとしている間にも、どんどん差が開いていく気がして。


 その日でシミュレーション機材の置いている部屋には先客がいた。ザラ隊長。訓練中ではなさそうだった。室内の大型モニターには、ミネルバにザク二期、フォースインパルスが表示されている。ザラ隊長がこちらに気づいたので、敬礼をして、「調整中ですか」と質問する。
「ああ、ミネルバのシミュレーターに地上戦の種類と、オーブ沖で戦闘があったから、今後そうなったときに対応できるように、というグラディス艦長からの指示で、色々いじってたんだ。……もう少し時間がかかりそうだな。せっかくだし、君の意見も聞かせてもらえないかな。実践形式のものになるから、情報は正確にしておきたいし」
「いいですよ、私でよければですが」
 投げ掛けられた質問を返していく。よく使っているザクの兵装、シンとレイとの関係や実力について、地球の重力下での戦闘はどうだったか、敵MSやMAに対処するにはどうすればいいと思うか、ミネルバの砲撃や操舵について。
 一通りの質疑応答が終わったタイミングで、こちらもザラ隊長に相談を持ちかけた。これから作戦行動を共にする、上司部下だ。関係づくりは早めにしておいた方がいいんだろうな、と苦手な計算なんかもして。
「ザラ隊長に、私の戦闘をモニターして貰いたいんです。自分だけだと、どこがダメとか、できてるとか、客観視できなくて……」
 ザラ隊長は、構わないよ、と即答してくれた。シミュレータ動作を確認するためにシンとレイ、さらにはシンの希望でメイリンも参加することになり、ヨウラン、ヴィーノ、さらには話を聞きつけた若手のクルーたちまで集まったのは誤算だったけれど。

「君たちは、持ち場を離れてもいいのか?」
「それぞれ許可は得ていますよ。俺、ああいや、私たちはパイロットに守られているんだから、一度戦ってる姿を見ておけと言われてここにいます」
 ザラ隊長はヨウランにこう言われてしまって、何も言えなくなってしまった。しかし機械の台数にも限りがあるから、全員に見せることは不可能だった。結局訓練中の映像を記録したものなら配布するから、と彼らを納得させる条件を提示して、持ち場に戻らせていた。こういうこともしないといけないのなら、上に立つ、というのは難しいんだな、と他人事のように思う。たった二つしか年齢差がないのに、卒業したての新米の私には、前大戦の英雄、というだけでザラ隊長がとても素晴らしい人に映ってしまう。
「さて、訓練をそろそろ始めたいが、質問と事前確認は必要か」
「ある程度はザラ隊長が調整されていますよね? こちらで対応しますので、問題ありません」
「ルナマリア機、問題ありません」
「ちょっとだけ時間もらえますか。メイリンに確認したいことあるので」
 シンはオペレーター専用席で何やらいじっている妹に、何点か確認して、すいません、もう良いです、とザラ隊長に伝えた。
 愛機のザクに搭乗し、ガナーウィザードを選択する。ブレイズとスラッシュも使いこなせるようにならないといけないだろうが、いまは、悔しいがガナーザクで手一杯だ。
 ……レイは、私なんかよりもずっと、上手に動かせるんだろうな。浮かぶネガティブな考えを遮るように、ダガー部隊が攻めてくる。操縦レバーを握る手が、僅かに震えた。


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 そこまで、とミネルバがシミュレーション上の目標地点に達したことで、隊長から声がかかった。
「シン、メイリンは抜けてくれ。レイ、ルナマリア。二人にはその状態のまま席を交換してもらう」
 上官命令を受けて二人は脇の休憩スペースに移動した。私たちもそれぞれ着席する。レイの私物の香水だろうか、嗅ぎなれない香りがした。でも落ち着く。嫌な匂いではなかった。
 画面に映った隊長が、さっきまでの模擬戦を一分後に再開する、とだけ告げて、ぱっと消えた。その言葉通り、いつも座るように操縦席にいるだけで、勝手にレバーが動き出した。
(……着弾予測がレーダーの反応と、あたしの射撃と別の場所だ)
 レイは確実に撃墜させる方法ではない。光線をかわした敵は、ミネルバのミサイルの餌食になっていた。特に狙いを定めている、といえるのは砲門周囲とデュートリオンビーム射出線上だろう。まさに手本というべき、完璧と思える映像だった。

 終了を知らせるブザーが鳴る。私は疲れきったというのに、一足先に休憩スペースに向かうレイの姿は、いつもと変わらずしゃきっとしている。……悔しい。
「レイ、お姉ちゃん。お疲れ様」
 メイリンがくれた飲料水で喉を潤して一息ついた頃、ザラ隊長が私たちに聞いた。
「互いに相手の動きを体験してみて、どうだった? まずはレイの意見を聞こう」
「敵対勢力の位置を面的に捉えていることが興味深かったです。おそらく俺もそうするだろう、というタイミングでオルトロスを放っていましたが、そのように確実に戦力を削ぐ手段を取り続けるのは、さすがでした。それに、ルナマリア側の戦況を予想できる手立てを得られる機会は貴重です」
 シンはアスランの隣で頷いていた。おおよそレイと同意見、と言ったところだろうか。私は面食らってレイを見た。
「何かおかしな事を言ったか?」
「驚いただけよ。そんなに評価されるようなこと、してないもの」
 そうか。レイはそれしか反応しない。
「それじゃあ次は、ルナマリアから見たレイの動きについて話してくれ」
 アスランに促され、思考をまとめた。実力だけに頼らずに、ミネルバの砲撃も攻撃に折り込んでいたこと、敵の無力化を着実に行っていたこと。
「それじゃあ、二人とも、自分に足りていない部分は分かっただろうから俺からはいいな。ただ、一つだけ」
 何かあったら自分の命を優先しろ。誰かを助けて死ぬのは、とても馬鹿げた選択だ。


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 シミュレーションルームには、私とザラ隊長の二人が残った。私は模擬戦闘をするために残らせてもらっている。当初目的だった戦闘データの解析や保存は、隊長がパパっと終わらせてしまった。
「今日は付き合ってくれて助かったよ」
「そんな、私の方こそ。ザラ隊長のおかげで、ようやく課題が見えてきました。ありがとうございます」
 礼はいいよ、と隊長は謙遜したが、お礼くらいは言わせてほしい。あのままではどこかで行き詰まってしまっただろう。
「ルナマリア、君の向上心が高いのはいいことだ。しかし焦りすぎるなよ。自分の感情に振り回されていては、チャンスも逃がすからな」
 私はアスランに敬礼して、操縦席に乗り込んだ。今ならモヤモヤが晴れている。実のある訓練になるはずだ。