ミネルバ艦長に呼び出されたシンは、憂鬱を全身に貼り付けながら、艦長室へと向かっている。
無事に降下できたから良かったものの、ユニウスセブン破砕作戦中にシンのとった行動は命令違反だと怒られても仕方ないものである。しかし、それ以上に問題となるのが、シンがオーブ代表に浴びせた暴言だ。直接謝罪するとか、反省の意向を手紙にしたためるとか、そういうことをさせられるのだろうか。想像するだけで、気が重かった。
シンにとって、オーブとアスハ家は、自分から家族を奪った原因の一つなのだ。頭を下げる、というのは、シンがあの日、家族を喪った日の、オーブの決断を認めることになってしまう、気がする。なにも助けてくれなかった、アスハを。
とにかく、シンにとってのアスハ家は、理想のために国を戦場にして、自分に手をさしのべてくれなかった存在でしかない。
そういったシンにとっての正しい認識について、レイは懐疑的だった。疑いを持つ、というよりもむしろ、シンが精神的にぼろぼろになっていたのとヤキン・ドゥーエ戦の終結後のごたごた――シンにとってはプラントに渡りアカデミー入学を決めた時期だった――がちょうど重なっていたのだからと、同情的な見方をされていたのかもしれない。
レイは、約束したとおりプラント側から見た戦争についてや、オーブ沖の戦闘から条約調印に至るまでを、暇を見つけて教えてくれた。
「あの状況で、まだ三隻同盟が成立前だった、と仮定したとしよう。あのままオーブが連合を受け入れたとしたら、オーブの技術、人材は連合に渡ることになる。……さすがに、Nジャマーキャンセラーの開発は不可能に近いと思うが、仮にオーブが連合の支配下に置かれたら、どうなっていたと思う、シン」
「……俺達がブルーコスモスに目の敵にされて、最悪殺される。使える兵器と兵士が増えるし、宇宙に出兵する手段が増える」
「逆に、プラントが地球侵攻の拠点としてオーブを求めた場合は?」
「今度は、ナチュラルが迫害される。……オーブのなかには、コーディネイターもいるからその人たちは優遇されるかもな。技術とかは、連合のと変わらない」
レイは、ウズミの選択は間違いではないと言いたいのだろうか。あんな、自分の娘と護衛と、一部の戦力は逃がして国を焼く所業を。
「オーブという国に価値はない……そう思わせるのには、成功だったろうがな。俺個人の見方としては」
「あんなのが成功なもんか。大勢の人を巻き込んどいて、何にもなくなった国だけ残して!」
「落ち着け、シン。……その辺りは俺も同意する。戦争に参加するのも、巻き込まれるのも、本来ならば俺達のように志願した者だけでいいはずだ」
レイの言葉はストンと頭に入って、同時ニシンは自分がオーブを憎む理由を、ようやく明文化できた。ウズミの理想は、確かに素晴らしいものだったと思うが、貫きたいのなら、それに賛同した大勢の国民の命を守るべきだったのではないか?
ミネルバはオーブに向かい航行しているというのも、シンの気分をさらに塞がせる要因だった。代表首長を乗せているのだからそれは仕方のないこと、だろうか。
艦長室のモニター前に立ち出頭を告げると、入りなさい、と言い渡される。
「失礼いたします」
「突然呼び出して悪いわね、シン。……どうしてかは分かるわよね」
「無断で宙域に突入した件、着艦せず独断で破砕作業を補助した件。……アスハ代表への失言。以上であります」
失言ではなく暴言でしょう。タリアはそう思いながらも、シンが命令違反を自覚していることを確かめた。いきなりの、それもイレギュラーが重なった戦況を、よくしのいでくれた。だが、手放しで喜べるものでもない。
「軍では上官の命令は絶対的な権限を持ちます。今後はこのようなことの無いように。これより36時間、展望デッキに立たないこと、今回の処分は以上です」
は、と口にしたシンの態度が、応答とも驚きともとれずに、タリアは部下に質問した。
「この決定に不服かしら」
「いえ、そんな! 不服ってよりも、軽すぎる気がしますが」
「緊急事態だったのだし、私もあなたとアスランにタンホイザーを向けたのだし……このくらいが、妥当かと思ったのだけれど」
ユニウスセブン落下の影響があるため長時間の許可は出せないものの、展望デッキに立つというのは、総員新鮮な体験だったようだ。シンにとってはどうか分からないが、罰とするには充分だろう。
「それもありますが、アスハの件は……」
「そちらは、レイがあなたに代わり謝罪した、と報告を受けています」
目上の人物に対して失礼の無いように、と口頭注意をされて、シンは退室する。
なんだか、モヤモヤする。処分の寛大さにはなにも思うことはない。これは、なにも言わずに動いたレイに対してだった。自身の行動を顧みてみて、アスハ相手には随分とひどい態度をとったものだと思うが、謝罪しようとまでは思えない。だが必要だと言われたら、それを行動に移すのは自分であるべきだった、と思う。
モヤモヤする。絡まった思考のまま、シンは足早に去っていった。