お姉ちゃん経由でシンとレイ、シン経由でヨウランとヴィーノと仲良くなってから、私は王子様に恋をした。




 レイは誰から見ても美少年で姿勢が綺麗とか制服に皺一つないとか、王子様みたいに思われて、とても人気がある。本人がなにも言わないから誰も本当のことを知らないけれど、レイは良いところの出身だろうって噂されてた。本人がなにも反応を返さないから、だんだん話は大きくなって、二年前に卒業したザラ隊の人たちみたいに、両親が有力者って信じられてしまった。ここで否定すればよかったのに、レイはなにも口を出さない。そんな彼はミステリアスでかっこいいな、と思った。


 入学して半年なのに、卒業後は赤服を着れる実力者になるって教官が揃って言うし、成績上位者でいつも落ち着いていて動作が静か。非の打ち所がないレイは、私の憧れだった。恋をするならこんな人とがいいなっていう憧れの擬人化。
 だって、レイのいるパイロットコースって言ったら、ザフト軍の新人のなかでもエリート中のエリートの赤服を着るんだから、出世コースまっしぐら。婚姻統制のリストに載ってなくったって、もう大切にしたい人がいるとか言って振り向いてくれなくたって…………本当に好きな人と一緒になれない未来を想像するよりも、一回だけでいいから、きゅんとするような恋をしてみたい。私がレイにアクションを起こすまで、時間はかからなかった。


 どんな女の子が好きだろうとか、食べ物なら何が好き、何が嫌いとか、そういうことを男子三人に聞いてみたのがスタート地点。返ってきた答えは「わからない」の一つだけ。あるじゃない、学食でよく食べるメニューとか、好きな芸能人とか! 何の手掛かりもなくなった私は、彼の理想を思い描くしか手立てがない。お姉ちゃんにも聞いたら
「さあね。あいつ、成績を伸ばすことしか考えてないから、恋愛になんてちっともキョーミないわよ」
 なんていう気のない返事だろう!

 
 レイの理想が分からなくてもカリキュラムは進んでいくし、試験だって近付く。進級と特進クラスに行けるかがかかる期末テストの時期は誰もがため息をつく。
 私はお姉ちゃんと勉強していたけれど、同じ所でつまずいて、レイに相談した。そしたら「そこは明日ヴィーノに教えようと思ってる。一緒に復習するか?」と返ってきた。
「いいの?」
「ああ、一緒にやった方が手間が省けていい」
「……レイ、その言い方だと『俺はテスト範囲の復習はとっくに済ませてます』って聞こえるわ」
「よくわかったな、ルナマリア」


 その一件から私(とお姉ちゃんたち)はレイに勉強を見てもらうことが増えて、アカデミーの図書室と資料室の個室が、デートスポットになった。二人から六人まで、個室に集まるようになったのは、周囲に馴染もうとしないシンと彼と同室という理由以外でも何かと注目を集めるレイのためだった。成績上位で、政治家の息子とか社長令息とか思われているレイは、陰口を言われたり何か引き出そうって考えで話しかける生徒が多かった。私たちがレイと一緒にいても多少のやっかみで済んだのは、たぶん全員レイの背景との接点が無かったから。シンは身寄りがなくて、私たち姉妹は出身が違う。ヴィーノとヨウランも普通のお家だという。
 レイはあれこれ詮索しない私たちの傍にいるのが気に入ったみたいだったから、私は頭のなかでこっそり「レイの好きなタイプ:しつこくレイのことを掘り下げない人」って書き加えた。


 …………結局、一年経っても甘酸っぱいことは何も起こらなかった。私はレイにとって、友人の妹から仲の良い友人の一人にはなれたと思う。そもそも彼の交友関係が狭すぎるから、一緒にいる六人で一塊みたいに思われていても不思議じゃない。私なりに、アプローチはしたと思う。休日は髪をおろして普段の自分との違いを出したし、勉強を見てもらったお礼にキャンディとかチョコレートとか渡してみたし。何をしても期待していた効果はなくて、結果は私の成績表の中身が充実したくらいだ。おかげでミネルバのオペレーターにもなれたんだけどね。
 レイがそういうことに、ほんのちょびっとでも興味を持ってくれたら、私もっと積極的になったのにな、残念。


 配属まで残り数ヶ月となってからは、私たちの生活は一気に忙しくなった。シンが新型機のテストパイロットに抜擢されて、それと同時に何人かも新型艦の配属が決まった。新人パイロットはシンとレイ、お姉ちゃん。管制は私。それから艦の砲撃手だったりメカニックだったり。特に成績が優秀な生徒が選ばれたみたい。
 私は、新型機のパイロットがシンだということがとても意外だったけれど、新型機――インパルスの合体シークエンスを重ねていくうちに納得した。MS操縦の知識はまるでない私から見ても、撃墜スコアとタイムを見れば理解できた。
 レイだって卒業後すぐに隊長機のザクファントムに乗ることが決まっていたけれど、ライバルのシンと実力差が広がったように見えるけれど、二人はちっとも変化なし。いつも冷静で、なかなか自分の気持ちを表に出さないレイだけれども、私の見た限り、シンに対してのマイナス感情は本当になにも浮かんでこなかった。だから、どう思っているのか気になって、聞いてみる。
「ねえ、悔しいって思わなかったの? シンはガンダムに乗れて、レイはテストパイロットに選ばれなかったのに……、ごめん。嫌なこと聞いて」
「君の言ったことは事実だ、気にするな。……その事だがインパルス、いや、それ以外のガンダムも、俺には扱えない。そう判断されたんだろう」
 淡々とした、私が分からないことを教えてくれるときと同じ調子の声だった。最初からシンだけが選ばれるのを分かっていた、という意味に聞こえて、実際にレイの言いたかったことは、正しく受け取れたと思う。シンが上に立つのに向かないこと、戦術指揮の能力はレイがトップクラスだったこと、アカデミーの成績や二人の性格、資質エトセトラ、全部加えたら、きっとシンが選ばれる。
 でもね、レイ。シンは最新の機体に乗ることが決まったとき、何で俺がって言ってたけど、嬉しそうにしてたんだよ?
 お姉ちゃんは指揮官機じゃ無いこととか、得意のガナーウィザードのシミュレーション戦積もレイに負けていることとか、数種類あるセカンドステージ機に乗れなかったことを悔しがってたよ?
 レイは悔しいって思わないの? シンに負けて嫌じゃなかったの?


 私はこのときからずっと、レイの気持ちがわからない。