わたしが、ギルを撃った。
少女の思考を埋め尽くしたのは自身の行動がもたらした後悔と、どうしてもその人を許すことのできなかったという止まない攻撃だった。ギルはわたしを信じてくれていたのに。キラ・ヤマトを倒せなかったばかりか、憎いはずの彼のいう、あしたが欲しくなってしまった。わたしがわたしとして生きられる未来。誰もが遺伝子の決めた運命に支配されない世界。……ギルが望んでいたのは、わたしがラウになることだったのに。わたしたちがギルの願った世界を切り開く剣になることだったのに。どうしてそうなれなかったのだろう。
タリアがギルバートに寄り添い、銃を向けた二人に告げた。
「子供がいるの。男の子よ。ラミアス艦長に伝えてくれるかしら」
青年二人が頷いたのを見て、タリアは言葉を継いだ。
「それから、レイのことも頼める? シンとルナのことも。…………ミネルバは航行不能でクルーは全員脱出したから、戻る艦が無くないの。敵である貴方たちに頼むのは図々しいお願いでしょうけれど、見かけたら救助をお願い」
これには、アスランがわかりました、と答えた。ミネルバのメインエンジンに止めを差し戦闘続行を不可能にさせたのは、アスランだった。一時的ではあったが共に戦場をくぐり抜けた彼らに何ができるか、と考えても、今はタリアの口にした通りのことしかできない。
彼女はそっと銃を床に下ろすとき、ギルバートの血の気の失せた唇が震えているのを捉えた。
「どうしたの、ギルバート?」
「――あの、こに……」
「…………ええ、わかったわ。すまないけれど、伝言もお願いするわね。頼んでばかりで、申し訳ないけれど」
二人はその申し出を受け入れた。キラが必ず伝えます、と言うと、寄り添う二人は優しく微笑んだように見えた。
まだ崩れてない今のうちに、と言う二人に背を向けて、泣き止まないレイに近付いたキラとアスランは、どうしようかと困惑を付き合わせた。
キラはレイにとっては出生やラウ・ル・クルーゼのことがあり憎悪を向けられていた。アスランはかつてミネルバに所属していたがレイとの関わりは上司と部下でしかなく、プライベートの話題は一切なかった。強い関わりがあるとしてもそれはメイリンを連れて離反した時に銃口を向けられた事だろう。二人とも――特にアスランは上官としてレイと関わっていたことがあった分、自分より年下だとしか思っていなかったレイが子どものように泣きじゃくる姿には衝撃が走った。
「僕たちと行こう」
それをまず振り切って手をさしのべたのはキラだった。レイは潤んだ視界に現れた手のひらを拒み、頭を振る。
「ここにいる」
今度は、戸惑いがちにアスランが話しかけた。レイは一件だけ例外はあったが、命令に沿った行動を取る模範的な軍人だったと記憶している。軍人としての行動を促せば、動いてくれると考えた。
「デュランダル議長もグラディス艦長も、お前を連れていけと言ったんだ。彼らの命令に従うんだ」
アスランの言葉を聞いたレイの顔がすぐさま絶望に染まっていく。キラは咎めるように親友の名を呼んだ。
「そんな言い方したら、二人がこの子と離れたいみたいじゃない。……ごめんね、アスランのいうこと分かりにくくて。二人は君に生きてほしいって願ってたよ」
だから行こう、とキラは力を込めてレイの手を引いた。立ち上がらされたレイの口からは嫌だと、ここにいると、拒否する言葉ばかり漏れていたが、足は出口に向かって動かされている。
大きな爆発があちこちで起こり、崩れて瓦礫になった内壁を越えて三人は進んだ。
幸いにもMS格納庫は被害が小さかった。キラはレイを横抱きにしてコックピットに入る。キラは立ち上がろうとしたレイを制して膝の上に座らせた。
(ラクスの時と似てるな)
コックピットに二人で乗っている事といい、座らせている事といい。……意識するとそればかり考えてしまうからあまり考えたくないことだが、抱き上げたときと今の状況で、女性のような柔らかさが伝わってくるのだ。キラはアスランから話を聞いたときからレイのことを少年だと認識していたが、それは誤りだったのだろうか。
(どのみち今は、そんなこと考える暇なんて!)
バーニアを吹かしてストライクフリーダム、続いてインフィニットジャスティスもメサイアから離脱した。その直後に要塞の内部で大規模な爆発が起きたのだろう。メサイアが堕ちていく。
『キラ、俺はシンとルナマリアを探しに行く。お前はどうするんだ』
「レイは僕が安全な場所まで連れていくよ。……アークエンジェルの方がいいかな」
『……ザフトの艦の方がいいんじゃないか。というか、レイに聞こえてもいいのか、この話』
「ショックが大きかったみたいで、今気を失ってる。……とにかく、彼が心配だからもう行くね」
『あ、おい!』
宙域は両軍の艦の発する帰還信号が煌めいている。戦闘は終わったのだ。ここから先の事は不透明だが、ラクスとカガリ、プラントの評議会が終戦へと進めていくだろう。
キラはアークエンジェルの通信を開いた。マリュー・ラミアスが応答する。
『キラ君? 何かあったの?』
「怪我人を乗せてるんです。エターナルには居づらいんじゃないかと思って……それで、相談なんですが、こっちに受け入れて貰えないかと」
『……質問させて、キラ君。怪我人はザフトの所属で、アスラン君と敵対していたっていう子?』
「はい、恐らく。レイと呼ばれてましたから」
『そう。…………わかったわ。着艦の用意をさせるから、少し待ってて』
つい先ほどアカツキが戻ったばかりだから着艦用意はできている。問題はストライクフリーダムを着艦させてからだ。
一つはレイという人物がザフトの所属で、アスランがザフトからアークエンジェルへ逃げ延びた際に二機のガンダムと戦闘になったと聞いていた。撃たれたメイリンの心情を考えると、こちらに寄越すのが妥当だとマリューは思う。一つは状況がどうであれ、メサイアから救助したと思われることだ。議長とは近しい立場にいた人物だろう。何も手を打たずハイそうですか、と受け入れるわけにはいかない。しかし相手は怪我人だから、いきなり拘束するわけにもいかない。
マリューは格納庫と医務室に通信をいれた。
連絡を受けた格納庫では、ムウ・ラ・フラガはその場で待機していた。連合に所属していた頃に何度か発生していた感覚がこのタイミングで発生したのが気がかりだった。あの頃はちっとも分からなかったが、今ならばはっきりとクルーゼに感じていたものと同様だと分かる。ならばムウは確かめなければならない。父親の狂気の果てに産み出された存在を。
キラと怪我人を乗せたフリーダムが着艦した。キラに抱えられた金髪の人物は、キラの腕から抜け出そうともがいているように見えた。ムウは有無を言わさずにその人物を抱える。
「ムウさん!」
「俺が運んだ方が早いし抑えられる。それに、お前は早くエターナルに戻らなきゃならないんじゃないのか? 向こうにも説明しないとならんことがあるだろ」
「それは、そうですけど……ラクスたちに連絡する前に、ムウさんに話しておきたいことがあったので」
誰にも聞かれたくない話なのだろう。彼の出生とフラガ家の関連は簡単には切り離せないもので、なおかつ誰にも知られてはならないことだ。ムウは頷きを返し医務室へと進んでいった。
「……色々しなきゃいけないことがあるから先に確認しておくけど、レイは女の子?」
レイはなにも答えない。
「なあ白い坊主君、こんな呼び方しといて何だが、これは大事な確認だ。まずその格好から着替えるときに、俺たちが監視するわけにはいかないだろう? ちゃんと口の固い娘に頼むからさ」
確認の形を取ったキラとは異なり、ムウははじめから彼女の性別を断定しているかのように伝えた。
「もう一度聞くよ。レイは女の子かな」
二度目の質問にレイは頷いて返答した。
一方エターナルでは、アスランとシンが揉めていた。両者の主張はここから出せ、といや出さない、という至極シンプルなもので、黙って見守るしかないルナマリアとしては、どこにそんな元気を残しているんだと感心するばかりだ。
「レイも生きてるんならどうしてこっちに連れてこなかったんだ!」
負けたばかりだというのに案外と穏やかな気持ちでいられるのは、メイリンが生きていて、レイも無事で、ミネルバクルーはザフト艦が受け入れたと聞かされたからだろうか。……同時に艦長と議長が亡くなったことも聞いたが、今は指導者を失った悲しみよりも、ずっと一緒だったレイが生き残ってくれた安堵が大きい。あの三色の光とモビルスーツの軌跡のどこかにレイはいたんだ。
「エターナルにはメイリンが乗ってるんだ。彼女の気持ちも考えてくれ!」
シンが詰まった。ルナマリアはそこを突くのか、と冷めた気持ちでアスランを見る。まるでシンはいいのにレイはよくない、とはっきり言われたみたい。メイリンにとってはシンもあの場にいた一人で、あの時はさぞ怖い思いをしたに違いない。メイリンはミネルバの管制官だったから、直接砲撃を撃たれたり、コックピットを狙われたりする、パイロットなら常に隣り合わせになる恐怖を知らなかったはずなのに。
「アスラン、シン一人で行かせるのが良くないというのなら、私もシンと一緒にアークエンジェルまで行きますが。シンもレイもFAITHに所属していますし、アスランもご存知の事と思いますが私たちはアカデミーでは同期で、ミネルバでは同僚でした。戦友なんです。迎えに行きたいと思うのは当然ではないですか」
口論していた二人が目を見開いて彼女を見つめた。割って入るだなんて、思っていなかったのだろう。彼女も内心では驚いていたが、それは表面に出さないように精一杯努力した。シンの隣に並び、さらに続ける。
「……メイリンのことを考えてるっていうのなら、シンをエターナルに乗せていることも考えてください。私はあの時の経緯をほとんど知らないけれど、レイがあの子に銃を向けたことも、シンがあの子も乗っていたグフを撃墜したことも事実です」
ルナマリアはシンに小さな声で謝った。雷雨の夜の記憶は、彼にとっては辛いものでしかない。アカデミーでつるんでいた六人の形が崩れて、バラバラになった日。あの場所に居合わせなかったルナマリアは、戦場にアスランが現れたことで妹も生きているかもしれないことに喜べたが、シンはずっと罪の意識を抱え続けたのだ。
「とにかく、そういうワケなので、私たちにここから離れる許可をください!」
「いや待てよ! 俺はともかくルナは!」
「メイリンの側にいたいだろうって? 話したいし顔みたいのは勿論だけど、シンのわがままを通したいのも本心よ。私がここに残るかどうかはシンの権限ならどうとでもなるんだし。それともあんなに必死に噛みついてたのに諦めるっていうの?」
「諦めるつもりなんて!……ああもう! こうなったらルナも連れてく! さっさとレイの所に行くぞ!」
「お前たちだけで話を進めるな! それに使える機体なんてここには――」
「ありますよ。乗り手のいないモビルスーツなら」
たおやかな女性の声が、怒鳴りあいに水を差した。鎮まりかえった空間に桃色の髪を揺らして、歌姫が姿を現す。
「バルドフェルト艦長から許可は頂きました。ガイアガンダム――武装は許可できませんが、攻撃以外の目的があるのなら自由に使用して構いませんわ」
「ラクス!」
「向こうにありますので、アスランに止められないうちにお行きなさいな」
クスクスと悪戯っぽく笑うラクス・クライン本人の登場、ガイアの使用許可……思わぬ乱入だったが、このチャンスを逃してなるものか! シンはルナマリアの腕を掴み、沈黙する機体へと駆けていく。後ろからアスランの声がしたがそれは無視。
ガイアガンダム……アーモリーワンで強奪された、かつてステラの機体だった。色はずいぶん変えられてしまったが、間違いなく彼女のものだ。
(こんなところにあったんだ……)
シンは深呼吸し、思考をクリアにする。彼女はきっと大丈夫だから。
インパルスとは勝手が違うものの、コックピット内の構造はほぼ一致している。シンはシートの位置を調整するとすぐにガイアを起動させる。
「ねえ、シン」
その時、ルナマリアが小さく声を出した。システム音に消されてしまいそうな、弱々しいものだった。シンは彼女に顔を向ける。
「私も一緒に行って良いの?」
「当然。あれだけ捲し立てといて、なんで今さら聞くんだよ」
その間も指は動き続け、オペレーターとの通信回線を開く。
「だって……私、レイに嫉妬してたっていうか、シンを取られるみたいで、嫌だなって思ってたの。おかしいわよね。私はシンに告白したわけじゃないしされてもないから、付き合っていたかどうか微妙な感じだったし、シンもレイも男同士だけど、もし付き合うならとっくにくっついてるだろうし、レイは恋愛にちっとも興味なかったから、シンの恋人になるはずないのにね」
「なっ……俺とレイはそんな関係じゃない!」
大きい声出さないで! ルナマリアの鋭い抗議と視界に管制員が飛び込んだのはほぼ同時だった。
『シン? お姉ちゃん? ラクス様の言ってた人たちって、ええっ?…………ゴホン。ええと、ガイアのパイロット、発信準備できましたか』
ルナマリアの言葉に動揺したシンは、彼女に正面から顔を見られなかったこと、メイリンの通信が聞こえたことにホッとした。慌てている人物が近くにいると分かると落ち着くものらしい。
(レイのこと、ルナに説明しないわけにはいかないと思うけど……)
議長との関係とレイ自身のこと。おそらくルナマリアは知らない。だがそれはシンが勝手にばらしてしまっていい内容とは到底思えなかった。
「発信準備できました。いつでもどうぞ」
『アークエンジェルに到着したら連絡してね。約束だよ、ちょっとくらい遅れてもいいから……ガイア、発進どうぞ』
シンはレイと自室で話したことを思い出す。あの告白からどれくらい経っただろう。宇宙に上がってからの時間感覚が曖昧で、ミネルバを離れて何時間が過ぎたかどうかさえ分からない。
メサイアに向かう直前に聞かされたレイから直接聞かされた事実の数々は、シンの頭の片隅に残り続けている。レイは「シンになら何もかも話してもいいと思ったんだ」と笑みを浮かべて、シンの疑問に答えた。
なぜレジェンドの性能を理解し、自在に操縦できたのか。上層部の誰かと繋がっているのか。前から聞こうと思っていたが、なにか隠していないか。
特に最後に聞いた回答は衝撃が大きすぎて、整理のつかないまま、無理やり押し込んで見ない振りをした。レイも態度を変えることはなくいつも通り振る舞った。ただ、いつもより口数が多かったことをシンは思い出す。クローンだと告白したこと、平和な世界への願い、交わした約束……「議長を信じろ」「ルナマリアは強い、信じてやれ」「終わらせろ、すべての過去を」……シンに告げたそれらの言葉すべて、レイの遺言に思えた。
ということは、レイは、全部自分に託して、消えるつもりだった?
よぎった恐ろしい考えに、全身が震えた。
アークエンジェルはザフトの軍人が二人も来たというのに、あっさりと受け入れられた。ボディチェックをされて、メカニックたちが機体を隅々までチェックするのを二人は見上げていた。
武器を取り上げられるのは当然の対応だとは思うが、監視一名のみ、拘束具無し……ほとんどその場に立ち合っているだけの状況は、あまりにもぬるいのではないかとシンは心中で疑問を浮かべた。ルナマリアも同じ気持ちだったのか、後ろに立つ男に数回話しかけようとして、結局やめていた。
数分後戦意がないことが認められ、男は口を開いた。
「俺はオーブ軍所属のムウ・ラ・フラガだ。お前たちの名前と所属は」
「ザフト軍所属、シン・アスカ」
「同じくザフト軍所属、ルナマリア・ホーク」
シンは腹に力をいれて答えた。どこかで聞いたことのある声だと思ったが、それは今追求するべきではない。ここで反抗的な態度をとって、自分はともかく連れてきたルナマリアとレイにまで影響が及ぶのは絶対に嫌だった。
「着艦した目的は?」
「レイに会いにきました」
「レイと話させてください」
二人同時に回答し、ピタリと合ったタイミングに思わず顔を見合わせる。
ムウは口角を上げて、「仲良いんだな」と二人をからかうものの、瞳には後悔を滲ませた。彼らが仲間のために必死になれることが、貪欲なまでに生を望む姿勢が、とても眩い。
二人を治療室に案内する道すがら、ムウはフランクな口調で二人と話した。
「お前たちのお仲間の扱いは捕虜になる。とはいっても今はまだキラが連れてきた怪我人ってところだ、拘束とかはしないだろ。俺のカンだけど。手錠は嵌めたが大人しくしてるし、不便だろうから外してやる……ああ、そう心配するな。怪我も額の切り傷だけだし、すぐによくなるさ。
あと、落ち着いたら色々と話を聞かせてもらうんで、そのつもりでいてくれ。それと、この船は一度オーブに帰還後、プラントへの対応を協議することになるだろうから、しばらくここに居てもらう。
さて、到着だ。キラ、入るぞ?」
扉の向こうには、キラ――ストライクフリーダムのパイロットと、ベッドに横たわるレイがいた。赤くなってしまった目元も、場所のせいかより青白く見えてしまう肌の色も、レイのものでないように見えて、目の前の現実がなかなか信じられない。
「君達がシンとルナマリア?」
「はい、はじめまして。……あの、レイは」
「眠ってるだけだから心配要らないよ。……起きるまでここで待ってるかい?」
キラがそう提案するので、ルナマリアは目を丸くした。いきなりなに言い出すんだ、この青年。そう思いはしたが、魅力的な提案だ。
「いいんですか、ザフトの私たちがいて」
「僕が居るよりは休まるだろうし、三人増えてもどうにかできる蓄えもあるよ」
キラは何か変化があったらすぐに連絡が取れるようにとブリッジとの連絡手段を教え、艦内居住区と治療室周辺の構造マップを彼女の端末に落とした。手慣れていることにルナマリアが感心すると、こういうのは慣れてるから、と単に事実を話しただけとも、謙遜したとも取れる声が返される。
二人が出ていってから、ルナマリアは微動だにしないシンに声をかける。
「シン、シンってば。つっ立ったままじゃどうにもならないでしょ? とにかく座りなさい」
ようやくルナマリアと目があったシンは小さな声で謝った。丸椅子に腰掛けて、眠り続けるレイの口元に手を近づけた。確かに感じられた生きている証拠に安心する。
「シン、レイなら大丈夫よ。さっき、キラさんが言ってたわ。眠ってるだけって…………だから……」
ルナマリアの言葉は、自分自身に言い聞かせているようだった。シンが励ますように彼女の背中を撫でる。
「やめて、シン……泣いちゃいそう」
「……泣けばいいだろ」
「いやよ、レイが心配するもの」
ルナマリアはごしごしと目元をこすった。数秒天井を見上げて、視線をレイに戻す。
「レイの顔がこんなになってるの、私、見るの初めてよ。そこそこ長い付き合いだと思ってるし、レイは私たちとしか付き合い無かったし……私、レイのこと、全然知らないままだったのかも」
「ルナ、そんなこと」
「シンにはなくても私にはあるの。…………シンとレイはだんだんくっつくようになったけど、私はそれ見てレイと距離を置いたわ。無理矢理でも話しとけば良かったって、今さら後悔してるの」
ルナマリアがレイの両手を包み込むように触った。目を真っ赤にさせるほどの何かがレイにあったことを、ずっと知らずにいた。
それを知っているシンの手が、二人分の手の甲を包んだ。レイの手の大きさと形が自分のものとあまり差異がないことを、この瞬間に知る。
「大丈夫だよ、ルナもレイを信じてるなら。またあの頃みたいにたくさん話そう。これまでも、これからも、たくさん」
「ええ、そうね、シン」
白いパイロットスーツ姿の私が、燃え盛る業火のなかに、沈んでいくのが見えた。それを見ている私は、白いワンピースにカーディガンを羽織った、数年前の――アカデミー入学以前の服装をしている。どちらも、私の願望だろうか。ギルと一緒にいたい、一人にしないでほしい、私のことを認めてほしいという、胸のなかに閉じ込めて鍵を掛けた願い事。でもそれはもう叶わなくて、ギルはもうどこにもいない、私と同じ存在だったラウも宇宙のどこかに消えてしまった。
ひとりぼっちだ。この世界のどこにも、私を受け入れてくれる人なんていない。
ギルとラウのいる場所に行けるかどうかなんてわからないけれど、ここに留まっているよりずっといい。…………でもギルは、どう思うだろう。きっと怒っているよね。ごめんなさい、ギルの役に立ついい子になれなくて、あなたの求めたラウになれなくて。
レイは炎の海に身を投げて、同僚――シンとルナマリアのことを思った。思えば二人には酷いことばかりしていた。シンを都合のいい操り人形にして、ルナマリアとシンをわざと遠ざけさせて、なのにシンを支える役割も世界も一方的に押し付けて。シンには出生のこともギルとのことも打ち明けてしまった。
――シンなら、私をオリジナルの男やラウではなく、レイとして受け入れてくれる、どうしてそんな甘美な夢を望んでしまったんだろう。
「何考えてるんだ。レイはレイだろ?」
「そうよ、レイ。……私たち、ずっと一緒だったじゃない。レイのこと、ちゃんと知ってるのよ」
二人のことを考えていたからか、幻聴まで聞こえてきた。背中にあった熱はそれと同時に消えている。どうしてこのタイミングで?
「レイ、俺達と一緒に行こう!!」
「レイ、お願い! 言いたいことも聞きたいこともたくさんあるの! こっちに来て!!」
声が徐々に大きくなるにつれて、二人の体もはっきりと浮かび上がってきた。エリートの証である赤服を着て、私に向かって手を伸ばしている。
どうして二人は、消え去るべきだった出来損ないのために、ここまで――
レイの目蓋が開いて、青い瞳が見えて、シンとルナマリアは無意識のうちに両手に力を込めた。もっとも手錠のはめられたレイの両手はルナマリアが、さらにその上にシンの手が重なっている形のため、外側の彼はルナマリアに「シンは力抜いて」とダメ出しされてしまったが。
「…………シン、ルナマリアも…………」
レイの視界はぼやけていたが、数度の瞬きでピントが合い、二人の姿を映し出す。今にも溜めている水分が流れ出そうなルナマリア。不安に染まった表情で、なにも言わないシン。
「ねえ、私たちのことわかる? どこも痛くない?」
レイは小さく首を縦に動かす。
「レイっ! 何ともないのね? よかったぁ……!」
すみれ色の瞳を潤ませていたルナマリアだったが、ついに我慢や緊張が決壊し、泣き出してしまった。心配したとか良かったとか、嗚咽に阻まれながら伝えている。シンも目頭が熱くなったし鼻の奥がつんとしたが、彼女たちの前で情けない姿を見せるのは憚られて、ぐっと我慢した。
しばらくして落ち着いたルナマリアが、「ブリッジと、エターナルのメイリンに連絡しないといけないから」と退室した。監視の者すら立っていない、二人きりの空間はあっという間に沈黙が支配する。レイは体を起こしてベッドの縁に腰かけた。お互い何も言わない数分。口火を切ったのはレイだった。うつむいて、声を震わせながら話すレイの相手をするのは初めてかもしれない。
「どうしてここに?」
「レイのこと、心配だったから」
シンは素直に伝えた。レイと議長の関係を知っているのは自分だけだろうと思ったから、ここに来た。彼女は誰よりも議長を信じ、議長の目指す戦争のない世界の実現を願っていたが、その先導者である議長の死をもって、それは瓦解する。
……崩壊していくメサイアを、レイは見ただろうか。アスランが言ったように、議長と艦長を置き去りにするようにして、生き残ったことを自覚しているだろうか。
そうだとしたら彼女は、痛みと哀しみに囚われるだろう。シンは故郷でそれを体験したから、こうしてレイの隣まで来た。家族を喪った自分に、オーブの軍人――トダカが側にいてくれたように、レイの側にいたいと思った。そのわがままにルナマリアまで巻き込んでも。
「……シン、私のためにそうする必要なんて無かったよ」
冷たい一言だった。うつむいて、必死になって感情を抑えているのか、時々吐息が洩れ出ていた。
シンは背中側のベッドから毛布を拝借し、それで彼女の体を包んでやる。とにかく、理由が欲しかった。震える彼女を慰められるだけの、ここにいることを確かめられるだけの、理由が。謝る小さな声が聞こえることさえ、安心に繋がる。
「俺がやりたいってだけだから、レイは気にするなよ」
「違う、そんなことない、そうする意味なんてなにも……シン、私――」
「――私が、ギルを殺したから……」
シンは自分の耳と、彼女の言葉を疑った。
守れなかったとか助けられなかったとか、そういう類いの言葉を聞けたなら納得しただろう。メサイアにいた理由も、家族同然の議長を守るためというなら納得できる。でも、聞けた言葉の意味は、その真逆だ。
二人の間で何があったか、シンには分からない。ただ目の前で、項垂れた彼女の発するごめんなさいという声がシンに判る全て。シンは膝立ちになって彼女を抱き締めて、背中を擦った。思い出したのは、友達と喧嘩して家に帰ったときの母親と、ルナマリアだった。シンがどうしようもなく悲しかったとき、彼女たちがそうしたのと同じ方法しか浮かばなかった。レイも、議長にこんな風にしてもらったことがあったのだろうか。
「シンも、ごめんなさい。……ギルの世界を守れって、私が言ったのに、私が――」
「もういいよ、レイ。もう休んで……明日になったら、これからのこと、ゆっくり考えていこう? 俺もルナも一緒にいるから」
シンの腕のなかで、レイは小さく首を振った。