ショーン、ゲイルの二名が、強奪機に殺された。レイがそれを聞いたのは連合軍の機体を二つ落として帰還したしばらく後だった。
「赤を着ているとはいえ、実戦はまだ知らないだろう?」
ショーンは出撃前にそう言って、レイが本来務めるはずの小隊長の役割を引き受けた。それが、最後の言葉だった。
「俺たちが出られなくて悪かったな。初出撃、お疲れさん」
ゲイルはミネルバに帰還したレイの背を軽く叩き、彼を労った。気さくに触れてくれる手は、もうどこにもない。
身近で知っている誰かが死ぬ、というのは、レイにとっては再度の体験だった。多くの自分と同じ存在が消えていった、兄のように思っていた人が戦場で散った――彼と自分の間にあった感覚を呼び起こされたせいか、心が掻き乱される感覚がなかなか消えない。
「レイ、少しいいかな」
ミネルバ副艦長のアーサー・トラインから音声通信が入った。レイは数回の深呼吸ののち、ドアを開ける。
「……シンは何処に?」
「インパルスの整備だと言っていました」
「そうか。…………彼は、あの場にいたものな」
「ショーンとゲイルについてですか」
彼の沈痛な面持ちと、胸の位置にある軍帽に、レイは何を話されるのか察してしまう。進宙式典もないまま戦闘に巻き込まれ、パイロット二名が死亡した。……ミネルバ内でも、数人が怪我をしたと報告があったと聞いている。外は修理の真っ最中で、パイロット以外の搭乗員は忙しく働いていた。
「ああ、そうだ。本当にすまない。君たちには、何と言ったらいいか……」
「副艦長の責任ではないと、私は思いますが」
「すまないね、レイ。用はこれだけだから、ゆっくり休んでくれ」
アーサーは何度もレイを気遣う言葉をかけて、シンのいるだろう格納庫や、彼の仕事場である艦橋とは反対方向に足を向ける。レイが疑問を持ちドアを開けっ放しにしたままでいると、隣室のロックを解除したアーサーと目があった。戦死した二名は同室だった。
レイは躊躇いながらも持ち主のいない部屋に足を進めた。
「こんなことを言うのも何だが、新任の君らには辛いだろう? 上官に任せて貰えないかな」
「私は彼らの上官でした。……手伝ってはいけませんか」
アーサーはレイの意思の固さを感じ、渋々部屋に招き入れた。断ってしまうよりも、レイの申し出をここで受け入れておいた方がいい。目の届く場所にいてくれる方がアーサーの気が楽だという理由もあるが。
ミネルバには二年前に終結した戦争をザフトの一員として経験していない者が数多くいる。二名が戦死、十数名が重軽傷を負った現在、新任クルーのメンタルケアこそが急務だった。
「今は持ち主の荷物を一つに纏めるだけだけれど、制服は避けといて。君なら心配要らないが、丁寧に扱うこと。あと、辛くなったらすぐに休むこと。いいな」
アーサーは室内の向かって右側の収納から鞄を取り出した。レイはその反対に手を伸ばす。ショーンの使用スペースだった。私服は着用の機会がなかったため、綺麗に畳まれた状態だ。それを崩さぬように注意しながらボストンバッグに仕舞っていく。靴は布製の袋に入れたまま、隙間に詰めた。
レイが少し目線を高くすると、空のクローゼットが視界に入った。もう彼らはここにいない、ここに居場所はないのだと、突き付けられた気がして、息が詰まる。……これは私の末路の一つだ。いつかあの人のように、宙域で何一つ残さずに私は消える。あの人のものは、たった一つしか手元に残らなかった。私もきっと、そのように。
とん、と肩に手が置かれたことで、レイの思考は中断された。
「……あとはやっておくから、君は休みなさい」
レイが振り返ると、眉尻を下げたアーサーと目があった。少し視線を動かすとショーンの使用していただろうデスクの上に私物が整理されて置かれていたのも見えた。アーサーが自分の代わりに作業していたのだろうと気付く。
「そうさせていただきます。失礼します、副長」
レイは敬礼をし部屋を後にする。集中力を欠いた状態では邪魔になるだけだ。
■■■
レイは部屋に戻り、端末のギルバートから送られたメッセージを開く。自分の目で彼の無事を確認したかったが、ミネルバ艦内での不要な接触は控えるべきだと判断した。もし誰かに見られてあらぬ噂を立てられてしまうと、彼の立場が悪くなってしまう。
それに、もう子供のように甘えるわけにはいかない。私はラウのような軍人になるためにここにいるのだから。
『先ほどの戦闘ではご苦労だった』
『シン・アスカがオーブの姫君と接触しないよう注意してもらえると助かる』
『今後の対応は艦長、副長、姫君、護衛の者と協議する』
労いの言葉から始まった事務的なメッセージの最後に、『2000までなら音声通信可能』と添えられていた。
レイは軍服の首をゆるめ、掛けていたロケットペンダントを取り出す。相反する感情がせめぎ合い、結局、レイは子供のわがままをとった。
「……議長、お時間はよろしいでしょうか」
「ああ、問題ない。それに、今は敬語も要らないよ」
回線から優しい声が届いた。
「艦の状況は、グラディス艦長から聞いているよ。彼らのことは君も辛いだろう」
「ギル…………、ええ、ですが私なら平気です。ザフトに志願したときから覚悟はしていましたから」
ギルバートにはその言葉が虚勢であるように思えた。レイは、彼女の出生ゆえか、亡き友人の影響か、人の死に対して敏感だ。彼女にとって『明日がある』ということは、ナチュラル、コーディネイターの区別がない。ただ毎日を生きる人々の命が突然奪われてしまうことに深い悲しみや憤りを持つのだろう。
ギルバートはそんな性格の彼女を、誰もが幸福に生きられる世界を強く望む協力者として、強く信頼していた。
「レイ、私の前で自分の感情を強く抑え込むことはないよ。辛いことがあったらすぐに教えてくれ」
「うん、ありがとう。ギル」
そろそろ時間が迫っている。ギルバートがその旨を話すと、「一つだけよろしいですか」と躊躇いがちに声をかけられる。報告や相談は淡々と行うレイにしては――プライベートな会話からすぐに上司と部下の関係に戻ったとしても――歯切れの悪い言い方だ。
「敵パイロットと交戦中、ラウと同じものを感じました。……距離があるのに相手の場所や行動が手に取るように分かりました。報告書と映像記録は後程お送りします」
「しかし、彼は先の大戦で」
「ええ、わかっています。ですが、私の知る限りで同じことが出来うるのは、ラウと、連合のパイロットだったムウ・ラ・フラガだけです」
「……連合のパイロットも犠牲になったはずだが。……君の言うことだし、相手の素性を知る手掛かりにはなるだろう。ボギーワンへの対応もあるし、諜報部に話を通しておこう」
「お手数をおかけします。議長、失礼いたします」
通信が切れる。レイは一人の空間で――隣の部屋から感じていた気配のわずかな記憶を辿りながら、彼らのことを思った。