うどんとパスタ、どっちが良い?
年末恒例の質問に、レイはうどん、と即答する。シンとアカデミーで親しくなって以来、十二月の終わりが近づくと学友と麺類を食べるようになった。オーブでは年末になるとそばを食べる風習がある。アカデミーで仲良くなった数人は皆オーブの文化に馴染みが薄かったから、認識としては忘年会がわりの食事会(決まってパスタの店だった)、だったと思う。レイも当初はそうだったが、シンに付き合ううちにそれが段々変わり、その風習のもつ意味は彼と同じ認識に近付いた。
今年はミネルバの厨房を借りて、二人分作る予定だったのだが、どこから聞き付けたのか、誰かから噂が流れシンがミネルバクルーにオーブの家庭料理を振る舞う、という大きな話にまで発展した。ミネルバの食堂スタッフは困った顔をしながら協力を約束してくれた。
この日は当日までの準備として、数人分の量で一度うどんと雑煮を作ることになっている。
「買い出し行くけどレイも来てくれる?」
「ああ。着替えるから少し待っててくれ」
スーパーマーケットは賑わっていた。年末年始の特設コーナーが多く作られ、酒やおつまみ、高級食材などが多く取り揃えられ、お祝いムードを作り出す。通路は広く作られてるものの、人がごったがえしていて、ぶつからずに歩くのは困難そうだ。
「レイ、メモとカートは任せても良い?」
「わかった。……けどシン、あまり離れないで。探せなくなりそうだから」
「りょーかい。なるべくくっつくな」
シンはその言葉通り、レイの腕に手を添えた。暑くない? と気を遣ってくれる声に頷いて野菜売り場に進む。
雑煮用の三つ葉に椎茸。彩りにと人参。後ろからの指示に従いながらレイが前進し、シンが目当ての食材をかごにいれていく。レイが手を出すまでもなくかごの中は整頓された状態で、こういう場面に立ち会うたびに、彼女はシンと自分の生活力の差を痛感する。レイはアカデミー入学前は自室の掃除をする程度で、家事のほとんどを使用人がする環境だった。対するシンは子供の頃家事の手伝いを積極的にしていたというし、レイの家事のやり方はそんなシンに教わったものだ。整理整頓を心掛けてくれるならもう言うことなしだ。
シンの表層だけではなく内面も理解できたなら、誰だってシンに好意を持つだろう。シンのとなりで笑う姿が自分ではないことを、想像してみて自嘲する。
私とシンでは、いきる速度が釣り合わない。薬にだって、シンの心にだって限度はある。共にいたいと願っても、叶うのはきっとひとりぶんだけ。
「……レイ、どうかしたのか?」
いつの間にか横にたっていたシンは、目線や口調に心配をにじませていた。
「ぼーっとしてただけ」
そう口にして、誤魔化しきれないな、と思った。シンは勘が鋭いから、すぐ見通されてしまう。次はどこ、と切り出して会話を終了させたが、自分の感情が見透かされていたらと思うと、恐ろしくなった。
買い物を滞りなく進め帰還する。「あ、そうだ」と声がしたので、隣を歩いていたいたレイがどうした、と問う。
「エビの代わりに何入れるか考えてなかった。あとレイのぶんだけでも買おうと思って忘れてた」
シンの家庭の年越しには、エビの天ぷらが定番のトッピングだったようだ。
「エビが無くても私は」
「レイが気にしなくても俺が気にするの! 長生きできるようにって験担ぎするんだから!」
「長生きできるといいなってほぼ毎日思っているのに? あとエビは厨房の許可がでないだろうな。クルー何人いると思ってるんだ」
「できたらいいな、じゃなくてしてみせる、って自然に言えるようになってほしーの」
シンの言葉はレイの心にまっすぐに突き刺さる。シンはいつだって素直で猪突猛進で、自分の定めた方向にしか向かえない純粋な少年だった。今も根幹は変わらぬままだから、レイにとってシンの一直線の感情は眩しく、時に痛みを伴う。
常にいくつかの選択を用意してから最善を導く自分とは対極にある考え方が、たまに羨ましくなる。
「シン」
「ん? 決意表明する気になったか?」
しかしレイが救われたのは、そんなシンの性質があったからだ。それに乗せられるのは悪い変化ではない。
「うどんが美味しかったらそういう気分になるかもな」
「レイでもそんな冗談……」
「私は冗談は苦手だ」
それはできるものなら美味しく作れという要望かそうなんだな。そこまで言うならやってやろうじゃないか。
シンの負けず嫌いに火がついた。絶対に来年も食べたいって言わせてやる。