長期休暇の日くらい顔を見せに来たらどうだい。天使が会いたがっているよ。
手紙の冒頭に書かれていた一文に、頭痛が酷くなるのを感じた。天使というのはレイのことだろうが、なぜ素直にレイと書かないのか。見た目と形式にこだわる友人の心境は全くもって分からない。
本題をたったの数行で済ませた手紙の続きには、レイの成長具合が事細かに書かれている。今日はハンバーグにこっそり入れたニンジンをよけていた、三時のおやつを美味しそうに食べるから使用人が張り切る、少し背が伸びたと思う等々。自分が拾って預けた子供の事とはいえ、これでは他人の日記帳の数ページを見せられているようだ。十数枚の記録の最後は、レイからのメッセージが綴られている。
早くラウにお会いしたいです。
消印は半年近く前のものだった。
「おかえりなさい、ラウ!」
ドアを開けて早々に膝に抱きついてくる小さな子どもの髪を撫でてやると、満面の笑みを見せてくれた。
ただいま、と返すべきか、お帰りと言うのは客人に対して適切ではないと指摘するか迷っていると、黒髪の青年が顔を出す。
「お帰りラウ。今日はずいぶん急だったね。連絡くらい寄越したらどうだい?」
貴様にそう言われる筋合いはない、と言ってやりたかったが、ぐっと堪えた。そうしてもレイの笑顔を曇らせる、と考えて、自嘲する。このような考え方のできる良心が、まだ残っていたらしい。
レイは、メイドに渡されたココアを飲みながら、ラウにこれまでの事を話しはじめた。内容の八割ほどは手紙にしたためられた通りで、その話題も何度か行き来を繰り返したが、レイは楽しそうだった。残りはギルバートの目の届かない範囲の事で、どんなことを勉強したとか家事を手伝っているとか。手紙の大人びて、かしこまった文章とは裏腹に、色々話すレイはぽんぽんと話題を出し続け、はつらつとした様子は幼子そのもので、ラウは困惑する。向かいのギルバートは微笑んでレイとの会話を楽しんでいる様子だった。
レイが、ピアノのレッスンの時間だから、とメイドに呼ばれて部屋を出ていった。しゅんとしたもののすぐに表情をつくろい、物分かりの良い子どもらしく、いってきます、と大人二人に挨拶をして。
「良い子に育っているだろう?」
「君はあれを、良い子と表現するのか」
ギルバートが微笑むが、ラウには二人が得体の知れない存在に思えてならなかった。
「手紙の内容だともっと大人びていた印象だった。あのようにまくし立てる姿は浮かんでこなかったよ」
「……ああやって君に話しているのが、本来あるべきレイだよ。あの子は確かに覚えが良いし勉強熱心だから、学力なら少し上の年齢の平均以上じゃないかな。でも、それ以外はほとんど生まれてから育てられていない」
「つまり、レイの精神は幼児も同然ということか?」
「そうだね。レイは、あの子が命令と判断したことには従順だけど、普段はあの調子だ」
ラウが眉間に皺を寄せた。レイがプラントの成人年齢に達するまで、約十年かかる。ギルバートはそれまでに年齢相応の発達をするのを望んでいるだろうし、ラウ自身も、そうなればコーディネイター社会に溶け込めるだろうという期待はある。しかし、レイの成長が早まるのと比例して、呪いを自覚する日も近付いていく。
……あの子は、私とは違う。何も知らず、友人からもたらされる庇護と愛情が、きっとレイを満たして、呪いを解くのかもしれない。
それでも、叶うならばゆっくりと大きくなって欲しいと、願ってやまない。