Aki(不動明奈)本名だとごつくて女子アイドルっぽくない!という理由で芸名
Sana(佐久間仁菜)鬼道さんさんに捨てられた(と思った)ので源田と一緒に影山の事務所に移籍
Coco(源田幸子)佐久間を放っておけずに現事務所に移籍。表記はかわいいからこうしろと言われたので従っているが佐久間の事普通に佐久間って呼ぶ
帝国はクールなボーカルダンスユニット、雷門は駆け出しアイドル
世宇子は音楽関係神の名前からアポロンに呼称を変更しています
空が高くなり、紅葉の色づきが待ち遠しくなる夏の終わり。Sanaーー佐久間仁菜という名前を捨てて、今そう名乗っている少女は、タオルで乱暴に流れる汗をぬぐおうとして、一回り大きな手に制された。
「佐久間、乱暴にこすったらダメでしょ。今までタオルでポンポンって軽く押さえてたのに……」
「うるさい、あと佐久間って呼ぶな! あたしはSanaで、あんたはCoco! あんたこそ何度も言わせんなっての!」
「……そうだったね、ごめんね」
CocoはSanaのかんしゃくに苦い顔をして、ドリンク買ってくるね、とレッスン室を出ていった。
何よ、源田のくせに!
Sanaは、彼女の言動の一つ一つが気に入らず、腹を立てる。二年ほどの付き合いだが、以前からそういう面倒見のいいところや気配り上手な一面があることは承知しているし、助けられていたのは事実だ。それがどうだろう。今ではCocoが向ける優しさが、チクリと胸を刺すのだ。
あの夏、アイドルフロンティア全国大会の出場から、世界が一変した。
夏の始まり、全国大会の初戦の日。アポロンミュージックといったか。無名の事務所のぽっと出のアイドルに、帝国学園は完膚なきまでに叩きのめされた。
佐久間はパフォーマンス中に足を痛めてしまい大事を取って入院。もちろんそれを言い訳にはしたくないが、最後まで万全であれば、と思わずにはいられない。ベッドの上で膝を丸めている佐久間のもとに、メンバーがやってきたのは、その数日後だっただろうか。
最初は楽しく談笑していたと思う。BGMにと点けたいつもは見ない情報番組は雑談の種になったし、一人では食べきれない量の果物は瑞々しくて、こうやっておこぼれを貰うために多めに用意したんだろう、と笑いあった。
空気が一変したのは、つけっぱなしのテレビが数分間の地元ニュースのコーナーに切り替わったとき。明るい声で弱小事務所の快進撃だと、雷門の活躍を伝えるアナウンサー。アイドルたちへのインタビューに紛れてプロデューサーへの取材もあった。どうして、どうしてあなたが!!
そこには、帝国学園のプロデューサーだったあの人の姿があった。誰にも、何も言わずに前事務所を出ていってしまったこと。帝国にとってよきライバルとして頭角を現し始めていた新進気鋭の事務所に移り、駆け出しのアイドルのプロデューサーになっていたこと。みんな何で、とか鬼道さん、とか言って、呆然としている。
一つ一つを理解した佐久間に沸き上がる感情は一つの思いを共有していたメンバーとは裏腹に、激しい炎となって燃え上がる。
なんで、どうして!!
あなたは、あたしたちの前であんなににこやかに笑わなかった。プロデューサーになること、アイドルを導くことの情熱を熱く話したことなんてなかった。全国大会優勝をあいつらと目指すだなんて、一言も口にしたことなかったのに!!
「佐久間、落ち着いて」
「これが落ち着いていられる!? あたしは、あたしたちはあの人に、鬼道さんに見捨てられた!! あたしは鬼道さんに必要なかったんだ!!」
「佐久間、おねがい。ゆっくり力を抜いて、深呼吸して」
ぎゅうっと握り締められた拳を、柔らかな手のひらが包む。怒りに我を忘れたあたしとは対照的に、帝国メンバーはみんな鬼道さんのニュース映像か、あたしを見て困惑しているようだ。それが燃え上がる火元にさらに風を送った。その表情が、程度の差はあれ鬼道さんの行動に納得したように見えて、どうしても許せない。
「みんなごめん、少し外してほしい」
ただ一人、源田だけが眉を下げて寂しそうな顔をして、まっすぐに佐久間と目を合わせた。
「佐久間、納得できないのは仕方ないけれど、あんな言い方は良くない」
「……でも、ほんとうの事でしょ」
「鬼道には鬼道の考えが……」
源田の反論を遮るように、吠える。負けたあたしたちが要らなくなったから、鬼道さんは帝国を捨てて出ていったんだ。そうでなかったら転校なんてしないで、お見舞いにだって来てくれた!
源田は言葉を詰まらせる。鬼道さんに必要な人は、あたしたちではなかったんだって、そう思ったのは一人だけではないと、今は信じたかった。
「……佐久間、今日はもうやめよう。私たち、疲れてるからこんなことしか言えないの。みんなには私から説明しておくから」
源田は俯きながら見舞いの品である果物を冷蔵庫にしまい、菓子の中から日持ちのしないものや佐久間の好物を取りやすい場所に選り分ける。
「……あれ? こんなの、持ってきたかしら」
「どうかしたの?」
「入れた覚えのないアクセが紛れてたの」
どれ? と顔を近付けた佐久間にも、心当たりは無い。紐で縛っただけの紫色の水晶。よく言えばシンプルなそれは佐久間の趣味には合わないし、帝国の掲げていたクールで格好良い系統のものとも違っている。メンバーで誰か同じものを持っている、というのも考えたが、デザインも色も見覚えがない。
私物が紛れてしまったのか、渡すつもりで中に入れていたのか、源田は皆に聞いてみるね、と言い残して、病室を後にした。
あれから結局鬼道さんは雷門を率いてアポロンを破り、アイドルフロンティア優勝という華々しい栄冠を手に入れた。あたしたちじゃない仲間に囲まれて白い歯を見せるあの人をどう思えばいいのかわからなくなって。足はもう治ったのに、気持ちを落ち着けるためにと入院期間がずるずる延びて。こんなあたしの事を見捨てないで、時間を作っては会いに来てくれた源田と二人きりだった病室に不動がいきなり入ってきて、開口一番に勧誘されて。……そういえば、彼女もあのとき見たネックレスに似たものを持っていたような気がする。……肌身離さず付けなさい、と現プロデューサーの影山に言われて首から下げている今となってはもう、どうでもいいけれど。
鏡にはステップを踏まず、アイドルらしいポーズも取らず、突っ立った自分の姿が映る。やなこと思い出しちゃったな。Sanaは舌打ちをして、今度は教わった振り付けの動きをする。今は頭から、あの人を追い出したかった。
「さく……Sana、スポドリ買ってきたよ」
Cocoの声が、Sanaを過去の記憶から現在に連れ帰る。
「ん、置いといて」
「これ以上はオーバーワーク。わかるでしょ」
Cocoは取りつく島のない態度のSanaに対して抗議の声を上げた。彼女は佐久間が踊れなくなったのをすぐ隣で見ていた。だからこうして口うるさいのだろう。この点だけはいくら突っぱねてもCocoは頑固で、ケガをしたことや、入院中に何度も顔を出してもらい、支えてもらったという負い目のあるSanaは諦めて彼女の制止だけは、素直に受け入れていた。
「Sana、私たちのお披露目前くらい、ゆっくり休めない? 疲れた姿のまま顔見せるのは良くない……」
Cocoがさらに説得しようとするのを遮るように、わざとらしいノックの音が聞こえた。入ってきたのは不動明菜、通称Aki。Sana、Cocoとユニットを組むことになっている少女だ。
「前から思ってたケドCocoちゃんさあ、Sanaチャンに過保護すぎない? やりたいようにさせといたらいいじゃん」
きゃらきゃらと声を上げながらAkiが近付いてくる。ここはそもそも三人のユニット名で予約しているレッスン室なのだから、彼女にも利用する権利はあるのだが、ほとんどSanaとCocoしか使用していないのに我が物顔で侵入してくる、そんな態度が不愉快だ。
レッスン時間中どこに行っていたの。Cocoの呆れたような非難するような声には、「顔出しの打ち合わせ。お前らがヘマしないようにしっかり見張ってなさいってさ」と返される。反論しようと口を開いた二人だったが、結局黙った。顔出ししていない現状でさえ、本名を口に出す、以前のようなクールを気取った雰囲気の受け答えをする等、過去の活動を振り払えてはいなかった。フリルとリボンのついた、いかにもな女の子アイドルに不要なものを出すたびに、Akiが甘ったるい回答をして場をごまかすから成立しているというだけの現状は、示されたアイドル像とはほど遠い。
「うるさいなあ。本番までには仕上げるわよ」
「ふうん。ま、せいぜい期待してるわ。あんたの好きなきどークンに会えるのが楽しみねえ?」
「うるさい、ぜんぜん楽しみじゃない!」
「落ち着いてSana。不動……Akiもそんな言い方は」
AkiはSanaに顔を近付けて、けたけた笑う。
ハハッ、そうだよねえ! あんたたちを裏切ったきどークンに、過ち認めさせるんだもんねぇ!
Sanaは大きく頷く。そうだ、これから鬼道さんに、あたしを認めさせるのだ。鬼道さん……鬼道有人のやり方は間違いだって、あなたがプロデュースするのにふさわしいアイドルはあたしたちだって。
そうだ、あたしが鬼道の育てた雷門をぼこぼこにしてしまえば良い。鬼道はきっと、強いアイドルが好きなんだ。力を示して、勝利し続けられたなら、あなたはきっと見つけてくれる。
ね、鬼道さん。待っていてください。あなたの手も心も情熱も、あたしがぜんぶ離さないから。
だからずうっと、あたしを見て。