すべてを理解し、俺達を導いた女神は、最期の力すべてを戦士に与えてその身を燃やした。
 燃え盛る炎の中に、またしても。


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 カオスの支配下に置かれた一帯は、ただなにもない地帯だった。風が吹くことも水が湧くこともない、ただ終焉を待つだけの死んだ大地は、ひどく寒々しい。コスモスのいる聖域が彼女の加護を受けて光輝いていたことにようやく気づくが、もう遅い。
「あれは、カオスの力の象徴だ」
 テントの設営中、そうバッツが口にしたのが聞こえた。
「ここ、月の渓谷とか次元城とかは俺たち――敵も味方もひっくるめた戦士の記憶の再現だから、秩序も混沌もない場所だ。俺たちとあいつらのどっちが思い出す場所かで強さが決まると仮定したって、どっちにも因縁のある場所だから意味ないだろ?」
「頭グルグルするな……。夢の終わりは俺と親父のどっちも覚えてたからコスモスもカオスも関係無くて……他の場所もみんなにとって同じような感じで……。ってことは、コスモスとカオスしか知らない秩序の聖域と今の世界は元から神様の陣地ってこと?」
「ええ、ティーダの言う通り。私はなんとなく空気とか魔力の流れがわかるけれど、コスモスが消えてからは行き先がハッキリしてるもの」
 あっちに集まってる、とティナが指差したのは、混沌の果てにあるのだろう。


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 フリオニールが、焚き火を挟んだクラウドの正面に立った。砂時計で計っている交代の時間までには早すぎる。
 眠れないのか、とか不安なのか、とか、声はかけようと思えば良いものが浮かんだかもしれないが、どれも相応しくない気がして、クラウドは何も言葉にしなかった。その無言を肯定と考えたのか、フリオニールは腰を下ろす。かきん、がしゃん、と鎧や武器のぶつかりあう音が何回か響いて消えた。これまでなら「少しは減らしていいんじゃないか」とか「遠くを狙うだけなら弓矢で充分だろ」とか指摘していた。しかし、混沌に世界が呑まれてしまった今では、そんなことはとても言えない。炎に包まれた世界を見て、彼が元いた世界を思い出したのだとしたら、なおさらだ。
 彼の痛みは、触れて癒せるものではない。故郷も、助けたかった人も、守りたかった人々も、憧れていたという義兄も、皇帝の力によって燃やし尽くされたと聞いた。その炎はフリオニールに飛び火し、今は憎悪となって彼の奥底で燻り続けている。――俺とよく似ているかもしれない痛みの形は、決して触れられない位置に、確かに存在していた。

 フリオニールは、ウォーリアとの合流直前に、クラウドに過去を打ち明けた。「のばら」の夢を知り、セフィロスから取り返してくれた彼相手になら話すべきだ、と考えたのだろう。その時、クラウドは昔話をしなかった。フリオニールが詮索しない性格をしていた、というのも理由の一つだが、彼の存在は言い訳でしかない。クラウドは、輝かしい夢を持つフリオニールに失望されるのが怖かった。……もちろんフリオニールだけではない。仲間の半分が年下なのだから、頼れる大人として見られたいという意地もある。しかし、フリオニール相手だと話してしまっても良いのでは? という気分にさせられる。そんなものは捨ててしまっても、と思えるほどに。


「フリオニール、俺の話を聞いてくれないか」
「そんな改まらなくたって」
「拒否するなら今のうちだぞ? 長くなるし、面白い話でもない」
 予防線を張る。こんなことをしたって、フリオニールは線を踏むか切るかして――
「話してくれ、クラウド。俺は、クラウドのことを聞きたい」
 ――あまりにもクラウドが予想した通りの展開だった。吊り上がった琥珀の瞳が、真っ直ぐに見つめるのは、炎にぼんやりと照らされるクラウドの姿だ。
 本当に、つまらない話だからな。そう前置きして話したのは、どうしたって、彼の前では格好つけていたいからだ。



 セフィロスに憧れてソルジャーを目指したが、彼と同じ階級になれなかった。大切な友人と出会えた。故郷に任務で訪れたセフィロスが、全てを炎に包んで、セフィロスはどうにか倒した。しかし俺と友人、幼馴染みの女性以外、他の人はどうなったか知らない――そういったことを、フリオニールには分かりにくいだろうと思った部分を削って話し続ける。ソルジャーはフリオニールの世界では騎士に相当するとか、マテリアで魔法を使えるようになるとか、お互いに置き換えてわかるものなら説明がつくが、魔晄エネルギーや中毒症状は口に出しにくかった。

「この世界でもセフィロスと対峙したが……お前の身に何かあったらと思うと、気が気じゃ無かった」
「俺は大丈夫だよ、クラウド。それに奪われたのばらだって、取り返してくれたじゃないか」
「……もう何も失いたくなかっただけだよ」
「…………クラウド、セフィロスが絡んだらいつもそうなのか」
 正面で火の具合を確かめながら、フリオニールは静かに言った。きっとフリオニールは俺がセフィロスに抱いた感情を全て飲み込んで、言葉にしたのだろう。家族も、故郷も、憧れていた人もあの炎の中で焦げ付いて、その感情は彼のなかでも似たような熱さで刻まれているはずだ。
「俺は、全部あいつに――全部じゃないな、俺のせいで死んだ人もたくさんいるから」
 うつ向いた彼は、炎を見ていた。
「バッツが言ったよな、あの大地はカオスの力そのものだって……。その通りだと思ったよ。全く違うはずなのに、あれを見て思い出すのは帝国が攻め込んだあとの街を見た記憶ばかりだから」
「カオスを倒せば、元に戻る」
「コスモスが居ないのに?」
「コスモスが居なくても、彼女の意思と共に俺たちは戦っている。そうだろう、フリオニール」