早めの昼食を済ませた秩序の戦士は、この日珍しく全員が揃っていた。イミテーションや混沌の襲撃のない、平和な時間を過ごしている。もうすぐバレンタインだとティーダとクラウドが話しているところに、ジタンが食い付いた。女性にモテる指標だと聞いて彼が食いつかないはずがない。次いで女性が男性になにかを贈る、という部分に反応したのがティナ。彼女は「私から何かプレゼントを贈ればいいのね!」と気合いを入れたが、男九人に囲まれた紅一点のティナに任せきりにするのは良くない、折角なら全員で楽しいことをしようと提案したのがバッツだった。
セシルは和やかに材料とか、レシピが要るねと笑い、オニオンナイトがレシピ探しは任せてよ! と胸を叩く。
かくして、秩序の戦士たちのお菓子作り作戦(命名ティナ)が開始された。
豪華宿泊施設のある街にたどり着いた一行は、割り当てられた部屋で武装を解くと、キッチンに集まった。
フリオニールとバッツ、ティーダが材料と調理器具の状態を確かめている後ろで会議が始まる。
「十人それぞれで作るのは大変だろうから、班分けから行くぞ。料理の苦手なやつは得意なやつと割り振るからな」
進行役のスコールは淡々と話を進める。
「クラウド、ここに立ってくれ」
無情にもバッサリと料理下手の烙印を押されたクラウドは、言われた通りにする。続いて名前を呼ばれたのがウォーリアとティーダ。
「ティナは菓子作りをしたことはあるか?」
「うん。クッキーとか、混ぜて焼くだけならだけど」
「ティナはクラウド班」
「一番下手な俺の名前で呼ぶのやめろ」
どうやら一通りのものは作れるようだ、あとレシピも発見、と色々調べていたバッツが報告したことで、場が一気に湧き上がる。
わいわい騒ぎながら、班を決定し、作るものは被らないように、あらかじめチョコレート、焼き菓子、その他被らないもの、と決めた。三班ともチョコレートです、などと言われたら飽きるし胸焼けする。
焼き菓子班ことウォーリア、フリオニール、オニオンナイトの班は、フリオニールにとって馴染み深いパウンドケーキと、オニオンナイトが食べてみたいというスイートポテトに決定した。ウォーリアはよく分からないから二人に従おう、と柔らかな笑みを浮かべて、秤を調理台に置いた。
さつまいもの下準備中にケーキの材料を計り、粉はだまができないように振るっていく。
「菓子作りとは難しいな」
「普段の料理も、大雑把すぎるだけでちゃんと計った方がいいことの方が多いですけど、お菓子は特に計量に左右されますから」
「そういやさ、二人は菓子作り初めてか?」
「僕はたまに作ったことあるよ。ウォーリアさんは初めてですよね」
光の戦士は手を止めずに頷く。それを見たオニオンは手元に視線を移すと卵黄と卵白を器用に分けた。
フリオニールはたまに手伝いに呼ばれたことを思い出す。村人の結婚式や出産が無事にすんだ祝い、国王の誕生祭など、手が足りないと義妹が声を張り上げて、聞こえる場所に居たならそれに呼ばれて毎回参加していた。作るものと状況がそれに似ているから、思い出したのだろう。
お菓子といったら祝い事の日に作られる、季節の木の実や果実を詰めたバターたっぷりのケーキがもっとも身近だったフリオニールにとって、チョコレートと未知の食べ物だった。
「うまかった」
「こりゃあヤバいぞ! 知らなかった頃に戻れなくなる!」
「バッツの言うことはいちいち大げさなんだよ。……確かに、甘くて美味しかったけどさ」
以上、一足先に試食していた光の戦士とジョブマスターと玉ねぎ剣士のコメントである。フリオニールは、果たしてバッツのいう通りになるのか、疑問を頭に浮かべた。
こちらはバラエティー班改めクレープ班。ティーダ、セシル、ジタンが所属する。折角なら皆で楽しみたいとか、見た目も豪華にしたいとか、年下二人の熱意に押されるようにして、セシルが採用した。
薄く伸ばした生地を破かないようにするのは骨が折れるが、上手く行ったときの達成感というスパイスが心地よい快感となった。競うように焼いていくから三枚の皿の上には小さな山が出来上がる。破けてしまったもののうち誤魔化しの効かないものをつまみながら、ティーダが言った。
「これさ、生地余らして明日の朝飯にするのありじゃないか?」
「冷蔵庫だっけ、ティーダの知ってる貯蔵庫。あれにいれたら一晩は置いておけるけど……」
「ティーダ、さすがに朝から甘いものはキツイんじゃないか?」
「俺の知ってるクレープ、甘いのもあったけど唐揚げとかホットドッグみたいなのとか、軽食って感じのがあるんだ! それならしょっぱい系だし肉も野菜も食えるッス!」
「お、良いじゃんそれ! つか、想像したらしょっぱいものも欲しくなるな!」
「それじゃあ、揚げいもでも作ろうか。ジャガイモならたくさん見つけたし、ウォーリアとクラウドと被らない」
野菜とってくるね。のほほんと笑って去っていく背中を見送った金髪の二人は、顔を見合わせた。果たしてセシルの言った揚げいもは自分たちの想像通りの衣にくるまれた物か、それとも薄くスライスもしくは細切りにされカリッと揚がったうす塩味の物か。
最後に、チョコレート担当班。バッツ、ティナ、スコール、そしてクラウド。スコールの采配で何でも器用にこなすバッツ、経験者のティナ、チョコレートを知っている自分自身をクラウドに付けた。おそらく溶かして固めるだけの簡単な作業。用意するの材料はほぼ一種類。失敗する理由を探す方が困難だ。
「何を作るのかもう決めたのか?」
「ええ。このページの、チョコフォンデュ食べてみたいの! 溶かしたチョコにマシュマロとか、クッキーとか付けて食べるみたい」
「専用の機械が要るようだな。探してくる」
スコールが調理器具をまとめて置いた机に向かう。バッツは先に作ってるか、と二人に声をかけた。
「そうだ。クラウドは、何か作ってみたいもの見つけたか?」
包丁を使いながらバッツが質問した。ティナも興味を持ったのか、クラウドを見る。
「まるい生チョコ」
「あー成る程なーそれならこっそり持ち運べるものなー」
「……? クラウドは、つまみ食い用のおやつが欲しいの?」
がん、と大きな音が響いた。発生源には「信じられん」と書かれた額に傷のある美貌と、赤く塗られた鍋のようなものが一つ。ティナの天然に驚いたわけではないだろう。だとしたら、にやけ面のバッツの一言に対してか。
「俺の分も保存用のが欲しい」
「……もとの世界に帰ったら作ってやりなさい」
バッツに対してだ。こいつ甘酸っぱい青春真っ只中だった。
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いただきます! と十人の声が響く。白いテーブルクロスをセットして、机に花を飾って、食堂を華やかに飾った。何より豪華なのが、主役ともいえる全員参加で作ったデザートの山だ。チョコトリュフに果物入りのパウンドケーキ、スイートポテト。チョコフォンデュの鍋とクレープ生地を囲む小さなお菓子と新鮮な果実。口直しの塩味にフライドポテトとみたらし団子。
いざセッティングしてみると甘い香りが幸せを運んでくるようだった。ウォーリアが「厨房で夕食のカレーライスを食べよう」と提案したのも頷けるほど。
そしてやってくる、首を長くして待ったデザートタイム。十人が思い思いに手を伸ばして、美味しいを連呼する。
「ねえみんな、これコスモスに食べてもらえないかな」
少年騎士が提案した。秩序の聖域に佇む女神に、渡せないかと。
「良いじゃんそれ! コスモスにも食べてもらおうぜ!」
「……俺たちのは清潔な布で包めば運べそうだが、他のはどうだろう」
笑顔で提案に乗ったジタンに対して、考えながら呟いたのはフリオニール。調理済みの品の数々を運ぼうというのだ。彼が慎重になるのは当然といえる。
「箱と仕切りがあればどうにかなるか? 探して来る」
「俺も行くッス。クラウドに任せたら変なの選びそうだし」
ティーダがクラウドに駆け寄り、じゃれつこうとするのを阻止された。
「ティナ、ブリザドを頼んでいいかい?」
「任せて。何があっても溶けないようにするから」
保冷剤の代用か、とスコールは頭の中で感心しながらイチゴやクッキーに溶けたチョコレートを纏わせた。
「なあ、クレープは明日作るやつ詰めてもいいか? 軽食っぽいやつ作ろうと思ってるんだ」
「そのような食べ方もあるのか。それも食べてみたいな」
ジタンもウォーリアも、自分たちの作った中から一等出来の良いものを女神のために取り分けていく。バッツはみんなを笑顔で見ながら見つけたカードに色々と書き連ねていく。……途中でその手を止めると、同じものを数枚用意した。
「コスモスだけじゃなくて、モーグリにも渡そうぜ。あとこれ、全員名前書いとけよ」
いいの? とティナの瞳が宝石のようにきらきら輝く。
「いいかもね。僕らだけで食べきるのはちょっと量が多いし、モーグリにお世話になってるし」
「ところでさバッツ。何書いてるの? 手紙?」
オニオンナイトが旅人の手元を覗く。知らない字だったが、文頭にコスモスの名前があるのは判った。
「誰が何作ったか、こうしたら分かるだろ?」
お前らはこれ、そっち班はこれ、と渡されたカードに記名していく。そうしていると、不在だった金髪コンビが帰ってきた。
「ただいま! いい箱見つけてきたッスよー!」
「個包装できるビニール袋も見つけた」
ティーダの手に有ったのは、薄い蓋のついたプラスチックの三段重。一つはコスモスに、もう一つはモーグリに。すると、残り一つは…………
「カオスの戦士にも届けようか」
光の戦士の一声で、届け先が追加された。
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モーグリは集まって、二段重ねの箱を運んでいた。依頼主は秩序の戦士たちで、少女に「みんな集まって届けるのよ。それから、途中で中身を見ないようにね」と念を押されたので、モーグリたちは集合して秩序の聖域を目指している。
途中でクポクポーと声をあわせて気合いをいれ直し、またふよふよと目的地へ飛んでいく。
聖域にたどり着いたのは、太陽が南の空に昇りはじめた時間だった。
モーグリ一行は届け先の女神からサインをもらい、荷物を渡して引き返そうとしたが、コスモスがそれを止めた。
「あなたたちの分もここにあります。一緒に頂きましょう」
コスモスが彼らに見せたカードには、「モーグリへ」とティナの字で書かれている。
秩序の聖域は、この瞬間お茶会の場にその名を変えた。
おまけ カオスの人たち
「儂はカオスに届けてこよう。自分用のも取ったから、あとは好きに食べるといい」
「ほう、庶民はこんなものを」
「皇帝よ、いらぬと言うならわしが貰うが」
「エブラーナ菓子か。うまいな……」
「ファファファ……菓子など食うのはいつぶりか……」
「こんなにお上手に作れるならみーんな私のお人形さんにして作らせてみましょうかね」
「もう闘争はない。頼みに行けば良いだろう」
「簡単なもので良ければ私が作りますが」
「アルティミシア、料理できるの? 想像できない」
「この味、懐かしいな。味付けはアーロン似か?」