フリオニール。微睡みの中、俺を呼ぶ声がする。そろそろ起きないとまずいだろうか? 何度も名前を呼ばれるから、段々とそんな気分にさせられる。
「目が覚めたか?」
「よく眠れた?」
 両隣から聞こえる優しい声。…………りょうどなり? 右には正座しているのだろうか、貴族のお嬢様のようにスカートを広げて座る蜂蜜の色香装備クラウド。左には黒のロングコートを着た少し大人びたクラウド。彼も座っている。そして、後ろには、
「フリオニール、おはよう。もう昼頃だが」
 寝ている俺をの背中を支えていたと思われる、あぐらをかいた、いつもの服装のクラウド。
「うわあああっ!?」







「……落ち着いたか?」
「これが落ち着いていられる状況か」
 クラウド三人に囲まれたまま、俺は距離が近いとか凭れてしまっていたこととかで混乱してしまった。今も混乱しているし、クラウド、と口にするだけで「どうした」と三人から返ってくるのには頭痛がした。クラウドトリオを説得し、クラウド、大人クラウド、蜂蜜クラウド、と呼びわける事には成功した。……大人クラウド、と言ったときの二人の文句言いたげなしかめっ面は、なるべくならしばらく見たくない。
「それで、何で三人は分裂してるんだ?」
「オリジナルが情けないことにあんたに手を出さないから」
「右に同じだ」
 ぎゅう、と右腕に手を回して密着する蜂蜜クラウドと、左手を指を絡めて繋げた大人クラウド。たったそれだけなのに、もうドキドキする。俺が毎日一緒に過ごしているクラウドではないのに、クラウドだから、という理由だけで。目の前で呆然としているクラウドに対して、申し訳ない気持ちで一杯になる。二人は手を休めず頭や頬、耳の裏側、背中や両腕を撫でながら好きだとか愛してるだとか、照れるような事しか言わないから、変な気分にまでさせられる。普段は仲間の目を気にしておおっぴらに恋人らしいこと――手を繋いだり、抱きしめあったりしないから、積極的なクラウドを前にしたのは、初めてかも知れない。
「お前ら、いい加減に……」
「顔真っ赤。可愛い」
「嫉妬してる奴は置いて、三人でイイコトしようか?」
 クラウドの声や姿を遮るようにずい、と視界に割り込む大人と蜂蜜。何故か、喰われる、と直感した。姿は違っていてもクラウドには代わりないんだから、もう少し穏やかな表現をしたかったけれど二人の眼光は、獲物を狙う狩人、もしくは捕食者のそれで。
「クラウド! 助けて――」
 俺の祈りは、果たして聞き届けられただろうか。






  フリオニール。微睡みの中、俺を呼ぶ声がする。そろそろ起きないとまずいだろうか? 何度も名前を呼ばれるから、段々とそんな気分にさせられる。
「目が覚めたか?」
 目の前にクラウド。殆どさっきと同じだ! 強烈なデジャビュに覚醒させられ、真っ先に左右を見る。俺の背もたれは彼の背中ではなく、太い木の幹だった。
「おはよう。もう夕方だが。よく眠れたか?」
「……クラウドが一人しかいない……」
「寝ぼけてるのか?……普段ならこんなところで寝ないし、フリオニール疲れてるだろ。ウォーリアに話して早めに休ませて貰え。言い出しにくいなら俺から話しておくから」
 いや、大丈夫だよ。と言いながら立ち上がる。何故眠っていたのかは直前までの記憶があやふやで思い出せないが、体に疲労が溜まっていたわけではない。変な夢を見ていたが、それだって何が影響していたのか分からない。心配するクラウドに、一通り話すと、どんな夢か気になるな、と返ってきた。
「夢の中には、クラウドが三人居たんだ。女装セット装備したのと、少し髪型変わってた黒いコートのと、普通のクラウド」
「俺は普通というわけか。それで? そいつらに何をされたんだ」
 何を。さらに返された質問に戸惑ってしまう。されたことを前提とする聞き方だった。
「寝言で俺は食べても美味しくない、って言ってたから、気になっただけだ」
「俺そんなこと言ってたのか……。喰われるとは思ったけど危険なことはされてないはずだ。…………もういいだろう、早く行こう」
「駄目だ。喰われるなんて思うのは恐怖があったからだろう? いいから、話してくれないか」
 このままでは納得してくれそうにない。クラウドは頑固だから、俺が折れてやるしかないのだ。
「……クラウド二人に、好きって言われたり手を繋いだりしました……。それから、何処かに連れていかれそうになったけど、その後にどうなったかまでは……」
「もう一人は何も手出ししなかったのか」
「ああ。普通のクラウドとは何もなかったよ」
 俺が助けを求めてからは夢の中の出来事が曖昧で、そのタイミングで起きたということも考えられる。それならば結果的にクラウドに助けられた事になるから、俺はそれで納得できるけれど。
 しかし、事が事なだけに、思い出すだけで恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。もうこの話はおしまいな! と無理やりにでも終了させたかったけれど、恋人はそれを許してくれるほど俺に対して優しくなかった。彼の左手が右手と繋がれる。
「これで俺も手を繋いだな。あとは、腕を組んで、好きだと言って、何処かに連れていくかお前を食ってしまう、だったか」
「クラウド、それ全部やるのは、さすがに無理じゃないかと……」
「問題ない。今日のフリオニールは疲れているようだから、ゆっくり休ませてもらえるし、俺がそれを監視すればいい。お前はすぐに体を動かしたがるからな。夜中二人きりになれるかは、これから考える」
 ああ、やる気なんだな。こうなったクラウドは梃子でも動かないから、俺が付き合うしかない。愛されていることははっきりと分かるのが嬉しいような、ほだされてしまっているのが悲しいような。
 独占したいとか、追体験させるとか、嫉妬したんだろうな。でも、自分相手にそこまで嫉妬する事ないんじゃないか?
「お前は夢の中で幸せだったかもしれないけれど、俺からしたら他人に体を触れられていたのと変わりないし、夢の中で俺が何もしなかった、というのに納得いかない。もし、俺が居たらお前を拐って二人きりになったさ」
 結局二人きりになって色々したいだけじゃないか! 反論したくなったが、二人きりになりたいのも、色々と、恋人のようなことをしたいのも、同じことを考えるから今日もクラウドのずるさに翻弄されっぱなしだ。

 大人はずるいんだ、覚えておけ。微笑む甘い顔に、捕食者が重なった。