「左手、出して」
青年が指示に従うと、大剣を振り回す力強い手が重なる。力の抜けた指先が薬指を撫でる。むずむずするような、くすぐったいような、決して乱暴ではない甘い触れあい。触れられるときにはお互い緊張していて力んでしまうから、自然体で接触できるほうが少ない。だからか、見慣れたモーグリショップに居ても、隣に座って同じ景色を見ている、たったそれだけでも心が踊るし指を絡ませたくもなる。しかし、甘い雰囲気は作り出さないと言いたげに指の太さや感触をあらためるような手つきはいただけない。
フリオニールが思い立って繋ごうとした彼の右手はするりとかわされて小さな箱に向かってしまう。ひどい。浮かんだ感情は心の内側にしまって何もなかったように名前を呼ぶ。「フリオニール」と落ち着いたトーンで返されるのが心地好い。クラウド。クラウド。何度か呼び続けると、苦笑を浮かべた彼と目が合った。
「どうした? そんなに呼んだって何も出せないぞ?…………いや、すぐ出すな……。出すから少しだけ待っていてくれ」
そう言いながら並べられたのは、石や加工のそれぞれ違うリングの数々。再度要求された左手を取って填められた、と思いきやサイズが合わずに関節を右往左往するのは色とりどりの宝石が飾られていないシンプルな一品だった。同じ作りのサイズ違いが次々に薬指に運ばれて、ようやくぴたりとはまるものが見つかると、クラウドはモーグリに指輪を運ばせて、フリオニールに
「欲しい宝石とかどういう加工の仕方がいいとか、そういうのはあるか?」
と聞いた。フリオニールの世界では、魔法を使う戦士や魔導士はミスリルを使った武器防具を使っているとか、宝石によっては魔力を高めたりする効果があるとか、そういう事を話してくれた事がある。マテリアによって能力を高めていたのと似ているのだろうか。そうならば、自分の代わりに彼の身を守ってくれるものを選んで渡してやりたい。そのくらいは許される。
「どういうの、か」
フリオニールはガラス棚に大切に仕舞われた様々な指輪を見る。アクセサリー類をじっくり見ることは無かったし、見たことのない紋様が彫られているものや数種類の石が組み合わされた物など、どれも初めて目にするからわくわくする。「そういえばさっきの。どうしても薬指でないと駄目か?」「ああ、其処じゃないと意味がないんだ」「ふうん」そんなやり取りを交わしながら、青系のものが纏められた棚の前で立ち止まる。モーグリが宝石の種類を熱心に説明したものの、彼はこだわりが薄いらしく、セールストークを聞き流し、
「上から三段目の、真ん中あたりのもの」
という曖昧な答えでモーグリの説明を遮る。クポォ……と悲しげな声を発していたが棚の鍵を開けるときには持ち直したのかポンポンを揺らしながら注文の品を机に並べている。
「お兄さんの選んだ宝石、金髪のお兄さんの瞳の色とお揃いクポ」
「ああ、クラウドの青い瞳、綺麗だから同じ色のものが欲しくて」
「本当にそんな理由でいいのかフリオニール? 一生ものなんだぞ?」
「え、そうだったのか? そういうことなら尚更この宝石じゃなきゃ駄目だ! これなら俺たちが元の世界に帰って、クラウドが遠くにいたってきっと思い出す!」
クラウドは結局、フリオニールの熱意に押しきられるようにして、魔術的な意味のないシンプルなものが最終決定だとしても反論しなかった。真っ直ぐに「意味なんかなくたって、クラウドが守ってくれるような気がするから、これがいい」と言われて反対できるわけがない。
「ところでさっきの、『一生もの』ってどういう意味なんだ?」
「俺の世界……もしかしたら他にもあるかもしれないが、結婚する男女が同じ指輪を嵌める習慣があるんだ。本当はもっとシンプルなものを送るけど、指輪なら少し派手でもいつも身に付けているから不自然じゃないと思って、あんたに贈りたかった」
「その気持ちだけで充分なのに」
「目に見えるものがないと不安だし、あんたは危なっかしいから。守れるものが一つでも多い方がいい」
フリオニールは嬉しそうに指輪を見つめて、クラウドに礼を言った。心配してくれている、という気持ちも一緒に素直に受け取れた気がして、気持ちは晴れていく。
「モーグリ、同じもののサイズ違いを用意して貰えるか?」
「ごめんなさいクポ、それは一つしかおいていないクポ……。……それに、お兄さんは金髪のお兄さんの色を選んだクポ。お兄さんの色じゃなきゃいけない気がするクポ」
「……そうだな。元の世界に帰っても、指輪を送った意味を思い出さなければいけないからな」
瞳の色は、同じ色の石がこの世界には存在しないらしい。ならば別のものをクラウドとモーグリは考えて、
「クリスタルの色はどうだ。フリオニールの夢の色をした、ピンクに近い色の」
「クポ?」
彼の持つのばらの花。彼だけの色をやっと見つけた。
フリオニールがモーグリにクリスタルを見せると、その色に心当たりがある、と言ってルビーの指輪を持ってきた。
「本当にこれしかないのか?」
指輪は輪が小さく兵士の指に填まらない。フリオニールが尋ねると、「それしかないクポ! お揃いのを身に付けたいならゴールド製のものが品揃え豊富クポ!」と別の商品を押し付けるかのように商談が始まってしまい、断りきれなくなって結局ペアリングも購入してしまったけれど。
「クラウド、戦いが終わって平和になったら、俺の薬指に指輪を嵌めてくれないか?」
ショップからの帰り道、クラウドは言葉の意味を測りかねて首をかしげる。そんなの、頼まれたならいつだって。
「たぶん今は戦いの邪魔になるし、元の世界がどうなっているのか、まだはっきり思い出せるわけじゃないけど、クラウドと一緒に花が咲いた世界を見たいし、そのときまで大切に保管していたいんだ」
「俺も、俺の世界をお前に見て欲しい。二人でいろんなところに行って、いろんなものを見て、ずっと一緒に過ごしたいよ」
「それじゃあ、約束な。平和になった世界で、また会えますようにって」
花の咲き乱れる場所で、薬指を占有する。……まるで結婚式じゃないか。クラウドはそんな光景を思い浮かべて、いつかこの空想を現実にできたら、と思った。