・レイが生きてる。前線には出られないので非常勤講師の形でアカデミーに勤務。書類仕事が中心で月に数回アカデミーには顔出すけどほぼ在宅。

 レイの住む小さな家に、珍しい客人が訪れた。ムウ・ラ・フラガ。何かとレイのことを気にかけている彼は、ファウンデーションとコンパスの対立、その後処理が落ち着いたからと、わざわざプラントまで訪れた。
 レイは来客用のティーセットに紅茶を淹れる。茶菓子は用意が無いので、ムウが手土産に持ってきたクッキーをそのまま出した。

 シンとルナマリアのことや、ファウンデーションの顛末、機密に触れない程度の、世間話の枠には収まりそうもない事項。自分の知らないところで、シンとルナマリアは戦っていたこと、キラ・ヤマトがラクス・クラインとようやく恋人らしい雰囲気になったこと。

「そういう話がしたくて来たのではないでしょう?」
 レイは目の前にいる男を見据えた。そんな近況報告、メールで済ませてしまえばいい。それをしないのは、沈黙を作らないための口実だとレイは知っている。対面で話すほどの用件があるとき、ムウは決まって、ただ愛想をレイに渡そうとするから。

「……クルーゼのことなんだけどさ、お前にとってはどうだった?」
「……どう、といわれましても」
 その問い掛けに、あの日から、ずっと穴の空いている胸が塞がった気がした。あの人は、自分の生まれを呪っていた。自分に与えられたもののなかで、「ラウ」という唯一無二の贈り物以外のすべてを拒んで妬んで、作り出されて棄てられたのを、何かを憎むことで埋めようとしていたひと。それがあなたにとってのラウ・ル・クルーゼなのでしょう? 何を今さら知る必要があるという。
「ラウは世界を憎んで、ナチュラルもコーディネイターも、殺そうとした。……狂気にのまれた末に、私にとっても、あなたにとっても、許しがたい行いをした人です」
 レイは彼なりに言葉を選んで発した。同一であると言われたラウに対して、自分の命も他人の命も、賭け事のチップのように扱ったことを許せない、というのは本心だった。ただ平和に生きていたい、どうか生きていてほしい、そんな普遍的な、誰しもが持つ祈るような気持ちを踏みにじったのが、ラウなのだから。

「それもアイツだっていうのは認める。でもなレイ、俺が聞きたいのは、もっと違うことなんだよ」
 ムウは、姿勢をただしてレイに向き合う。
「俺が知らない……、レイの家族としてお前のことを育てたクルーゼについて、聞きたいんだ。……なんでもいいんだ」
「何故そんなことを?」
「何でだろうな。……アイツも、おまえも、親父とは違うってこと、とっくに知ってるけど、レイとクルーゼは親父みたいにならなかったんだってことを、俺が知りたいだけなんだよ。
 そうやって生み出されたからそうなったんじゃない、遺伝子なんかに決められたんじゃない。自分でどうなりたいか決めてたんだって、レイの言葉でなら納得できると思ったんだ」

 どうして。いまさら。
 その思いは空気となって喉から抜けた。
 あなたはラウを憎んでいるのではないのか、俺だって、ラウのことをすべて受け入れようなんてもう思えない。なのに、なのに……!
 どうして、あのやさしい人の記憶を、伝えたいと思うのだろう。

「ラウは、……ギルは彼と私が同じだと言ったけれど、私にとって、ラウはラウで。
 家族なんてわからなかったですし、ギルとラウがいる、それだけで満足していた。
 ……ラウは、会える回数は少なかったけれど、俺のことを、気にかけてくれていたと思います。ピアノを褒めてくれた、撫でてくれたことだってある。それに、……これはギルから聞いたことですが、ラウは自分の姿かたちが、元になった人間と同じくなるのを忌避していました。でも、俺のことを、ちゃんと見てくれていたんです。俺くらいの年齢の頃は、容姿への嫌悪感が薄かったとは思いますが……、それでも、同じ顔をした俺には、目を合わせてくれていた」
「それはちがう」

 黙って聞いていたムウが、レイの話を遮る。
「俺は親父の顔を覚えてるし、たった一回、クルーゼの顔も見たことがある。だから言わせろ。お前がクルーゼに、ましてや親父に似た顔だなんて、ありえねえよ」
 何を言われたのかわからないのか、ムウの初めて見る、幼い表情を浮かべた少年は、やはりムウの知る誰でもない。
「きっとさ、レイのこと大事にしてくれた人たちそっくりにお前は育ったんだよ。ちゃんとお前として生きたくて、考えてどうしたいか決められる、だからおまえは、こうしてレイとして生きてるんだ」
 泣きそうになってうつむいた、まるで迷子になってしまった子どもの柔らかい金髪を、大きな手がぐしゃぐしゃにかき乱す。
 そのあたたかさに、子どもはなにも言えなかった。