アカデミーに入学して二年目の、六月。シンは部屋に花を飾った。プラントでは切り花は手に入りにくく、鉢植えだと世話に手が回らないのが容易に想像できた(訓練で数日間部屋を空けることも少なくない)から、造花を用意したのだろう。
 彼の大切な人たちが好んだのだろう、色とりどりの花を、見えやすいようにと窓際まで動かしたテーブルに置いて。シンが家族のために用意した、もうすぐ見えなくなってしまう聖域。
 レイはシンの事情をよく知っているから、適当に時間を潰した。窓辺がすっかり元通りになってから、相部屋に戻る。そのときにはすっかり元通りになった室内で、シンのおかえり、を聞いた。



 八月。訓練や所用を終えたレイが部屋に戻ると、シンは窓のそばにいた。動かされたテーブル。引き出しに大切にしまわれた造花。状況から、まずカレンダーを確かめた。あの戦争の終結の日、地球・プラントの合同慰霊式典まではあと一月。
「あ、レイ。おかえり」
 シンの口調はいつも通りだ。ああ、と一言で返して、やはりレイの視点はシンの顔と手元を往復する。
「……シン、それは?」
 その質問に含まれている意図をシンは察して、「墓参りのかわり」と短く答えた。無理に笑顔を浮かべようとしたのを失敗したくたびれた横顔が窓ガラスに映る。
「旧い信仰で、八月の中頃は死者の魂がちょっとだけこの世に来ても許される、みたいな話があって……。うちでは、毎年やってたから」
 そうか。短い相槌の直後、レイも大切にしまっていたものを取り出す。
 
 きっと、説明してくれるのは、同じ時間を共有する事への許可だろう、と都合よく判断して、シンの横に立つ。そして、花瓶に見立てたコップに飾られたそばに、一つ置こうとして、シンから待ったがかかる。
 やはり、多少は見映えというものを意識するべきだろう。シンが大切にしている誰かに向けたものなら。レイがハンカチを取り出すところで、そういう意味じゃなくて、と声がした。
「レイはいいの、俺の家族と一緒で」
 言いたいことがまるで理解できなくて、首をかしげる。
「すぐ近くに置いたら、うちへのお供えっぽく見えるけど、いいのかってこと」
「ああ。シンがいいなら、すぐ近くに置かせてほしい」
 嫌なんて言うもんか。白い花をとなりに寄せて、手を合わせる。わずかに震える肩をどうすることもできないまま、シンに倣って同じことをした。






 ステラ、という彼がただ生きることを願った少女が死んだ日。
 共通の敵だったフリーダムを撃墜した日。
 ザフトを、ギルの理想を裏切ったアスランを、彼のために動いたメイリンごと撃ち落とした日。
 シンは喪って喪って、戻らないものを思って傷つき続けた。戻らないものを心の奥深くに埋めて、大切なものを守るように蓋をしていても、きっかけがあれば浮かび上がる波紋は、いつだってシンを乱す。

 でも、シンがそうだったから、俺はすべてシンに託せた。
 理不尽に怒り、泣き叫び、自分と同じ存在を生みたくないと、きっと本心から願っていたシンだから。

 ……いつか、ギルの望みが叶って、俺はこの世界から消え去る。
 いつの日か、命にすらなれなかった自分のことも、シンは悲しんでくれるだろう。そういう性質だから、忘れ去られるまで、彼のなかで、俺は生きられる。