琴乃が月のテンペストを脱退し、事務所移籍が正式に報じられてから、一人で臨んだある雑誌の撮影。遠距離恋愛、秋デートがテーマの撮影で、琴乃ちゃんもメールをしたら来てくれないかしら。ああ今はブロックされているんだったと、沙季はため息をつく。いけない、誰が見ているかもわからないのに!
 深呼吸をして背筋を伸ばす。月のテンペストの白石沙季として、寮に帰るまで堂々としていなくちゃ。
 沙季がおおよその帰寮時間を伝えようとスマートフォンを手に取ったのと、ロック画面にグループメッセージの通知が来たのはほぼ同時。ロック画面に、グループの雑談メッセージからの通知が増えていく。
 どうしよう。まずは寮へのメッセージからかな。
 仕事が済んだことと、今から駅に向かうことを送信すると、ぽつぽつ返信がきた。お仕事お疲れさま、帰り道気を付けてね。そんなメッセージのやりとり。誇らしくて、照れくさい。
 そのやりとりの中に、一つだけ、迎えに行くね! と両手を上げた犬のスタンプと一緒に、メンバーからの元気な一言。駅についたら連絡します、と返して、沙季はスマートフォンをカバンにしまった。




改札を抜けると、自動販売機のすぐ近くに立っていた芽衣が、気付いて手を振った。
「お疲れさま! 撮影どうだった?」
「お疲れさまです。今日は手応えがあったんですよ。自分で言うのも何ですが、発売日が楽しみです」
 わたしも沙季ちゃんのソロピンナップ、楽しみだなあ。ニコニコと自分のことのように喜んでくれる彼女を見ていると、沙季も嬉しくなってくる。ブログに載せちゃおうかしら。
 芽衣はその他にも、沙季に話しかけながら歩く。今日の晩御飯、そして明日のお弁当のおかず、卵焼きは甘めでいいのかな、宿題でわからないところがあるんだ。おしゃべり上手な彼女の話は、駅舎の外に出る数歩前で不自然に止まった。

「ね、沙季ちゃん。今日ね、十五夜の名月? なんだって!」
「芽衣ちゃん、中秋の名月と、十五夜ですね」
「それそれ! ちょっと曇ってるけど、きれいだからちょっと見てこうよ」
 そんな素敵な提案に誘われて、沙季は駅の出入り口から少し離れた壁を背に、空を見上げる。
「きれい」
 思わず言葉にしてしまう。グループ名に冠するだけあって、空に浮かぶ輝きは何かにつけて探してきたけれど、今日の息をのむほど美しい月だったのだ。こうこうと輝きを放ち夜空を照らす満月は、青い光の輪郭に包まれて。厚い雲に隠されても、ここにいる、と知らせるように辺りを黄色く染めている。
 しばらくぼうっと満月を楽しみたかったけれど、マネージャーから夜道は注意するように何度も言われているし、あまり帰りが遅いと寮のみんなに心配されてしまうから、そそくさとその場をあとにする。





「今日の満月、きれいだったね」
 東京寮のリビングの窓からは見えないところまで、満月は昇っていったようだ。
「ええ、あんなにきれいなお月様は初めて見ましたわ!」
「私たち、月ストだから、普段からついつい見ちゃうのに、今日のは特別だったもんね」
 話に花を咲かせているすずと渚。
「琴乃ちゃんも、見てるのかな?」
「当然、ご覧になってますわ。だって……」
「今日の月、月ストの月みたいだったもんね、すずにゃん!」
 芽衣が加わり、すずの言わんとしたセリフをかっさらう。
 ムードメーカーの思わぬセリフに意味がわかりませんわよ、と混乱する最年少に、頭の上にハテナを浮かべるリーダー代理。ブレーンが意図を汲み取ったのは、一緒に月を見上げたからか。
「きっと芽衣ちゃんは、今日の月は今の月ストそのものだと言いたいんじゃないでしょうか」
「今の月スト……?」
「月ストのモチーフは三日月では? 真昼の月もテーマにしましたけれど……」
 うんうん、と笑顔で相づちを打つ芽衣は、沙季の言葉の続きを言う。
「この前の話し合いで、それぞれ輝かなきゃ、月ストはもっとすごいんだってことを見せてやるーってなったでしょ? それって、今日のお月様みたいじゃない?」
 思い出すように、輝く光を探すように窓に向いた一人の動きにつられて、結局四人でベランダに出て空を見上げる。

 強く優しく、夜空を照らすように。
 暗い雲に負けずに、ここにいるよと伝えるように。
 グループの色である青をまとった姿に、自分たちを重ねるように。
 絶対に、見失いたくないから、目線を釘付けにするように。

 見えない場所にいても、変わらずそこにいる誰かをそっと重ねた。




「芽衣ちゃん、すずちゃん、沙季ちゃん」
 私たち、もっとがんばって、月ストのこと守ろうね。
 三人は、異口同音に、その決意に応えた。